第質話 帰趨 辺り一面、曇天だった。雨こそ降っていないのは幸いだが、気分は良くない。銀時は不機嫌な空を見つめた。何かを問いかけているような目だ。しばらくして、彼は歩きだした。目指すは、目の前の草原だ。陰に、高杉たちがいる。自分が進む道に、血痕が先行しているのが、彼の気持ちを暗くさせた。 「 見下ろすようにして、銀時は問いかけた。反応が無い。ため息をついて、彼はしゃがんだ。そして高杉を揺する。二、三度繰り返すと、高杉は意識を取り戻した。銀時の目が、ほっとしたように緩んだ。 「何だ、死んだかと思ったのに」 「俺が死ぬなんて・・・・・・ありえねェな」 普段のように不敵に笑った後、彼は体を起こそうとした。しかし、上手くいかないようだ。不機嫌そうに、彼は銀時を見た。手伝う気はないとジェスチャーで返す。舌打ちをすると、高杉は諦めたように力を抜いた。 「そうだな、怪我人に助け起こしてもらうわけにはいかねェ」 「こんなんどーってこたねぇよ」 「重症じゃねェか。肩が紅に染まってるぜェ?」 「それを言うならテメェのほうだろーが。腹ばっくりいってんじゃねーか」 「んなもん痛くも痒くもねェよ」 高杉は自分の傷をちらりと見ただけで大した興味を示さない。それを見た銀時は、呆れた様子で立ち上がった。下から高杉が問いかける。 「他の奴らは?」 「ヅラはそこ。足やられて動けねー状態。他はあっちの空き家で寝かしてる。どいつも重症だ。こん中で一番動けんのは俺だな」 「俺だってこんな傷、」 「バカ、無理に決まってんだろ。テメェはおとなしくヅラの隣で寝てろ」 とりあえず自由に動ける分、銀時の方が優位だった。敷いてあった羽織を引っ張るようにして、高杉を桂の隣に移動させる。嫌そうな顔もお構いなしだ。大人しくしてろよ、と言い残すと、銀時はその場を去った。 銀時が行ってしまったんでは、抗う術もない。観念したのか、高杉は目を閉じた。ぽつり、とこぼす。 「・・・・・・最高に寝心地が悪ィな、ヅラの隣は」 「・・・同感だ」 戦いが始まって一刻ほど経った時であろうか、天人側は突如、軍隊を引いた。何事かと皆困惑していると、その頭上に、巨大な戦艦が姿を現したのだ。見たことが無いほど、大きなものだった。 それは容赦なく、大砲を打ち落としてくる。反撃をしようとも、近づけないのだからどうしようもない。辺りはすぐに、火の海へと姿を変えた。その混乱に乗じて、軍隊も再び姿を見せる。まさに、地獄だった。そう言っていいほど、恐ろしい光景だったのだ。 炎の合間に見えるのは、先程まで動いていた仲間の死体。逆上した同志が無暗に敵に迫り、次々に艶れていく。このままでは、全滅もそう遠くはないだろう。・・・しかし、そうなるわけにはいかなかった。 残った浪士達は、撤退した。敵に背を向け、逃げだしたのだ。これは、事実上の敗戦といっても過言ではない。しかし、そうするしかなかったのだ。桂は最後まで抗った。だが、銀時と高杉の両人はこれを認めなかった。引きずるようにして、戦場を後にしたのだ。背後から天人の笑い声が聞こえていた。それでも、引き返すわけにはいかなかった。 誰かがこの攘夷の意思を繋げていかなければならない。長年受け継がれているこの決意を途絶えさせるわけにはいかない。松陽先生の教えを、未来へと繋いでいかなければならない。全滅など、許されることではなかったのだ。 歯を食いしばって、彼らは走り続けた。 無事逃げ延びた浪士達は、戦場から大分離れた場所で、再び落ち合った。ここまで追ってくることはないだろう。勿論、安心など出来るはずもないが。 誰もが命に別状は無いものの、重症を負っていた。動けない者も多数だ。治療道具もろくには揃っていないが、出来るかぎりの処置はした。兵糧もどうにかなりそうだ。・・・しかし。 もはや、戦える状態ではなかった。 |