第陸話 出陣






 剌すような北風が通りすぎるようになった頃、戦況はますます悪化していた。
 浪士達が必死に集めた武器は、最新兵器を取りそろえた天人には全く通用せず、ただ徒に同志を失う日々が続いた。寝室に二部屋とる程いたのが一部屋を満たさなくなったのだから相当なものである。その事実に、皆は衝撃を隠しきれずにいた。
「ここまで歯が立たないものか・・・・・・」
「俺たちだって日本にある最新の武器を使っていたというのに・・・・・・」
 その衝撃はすぐに不安や恐れへと姿を変える。戦は怯めば勝ち目は無い。つまり、今の彼らに勝機などあるはずもないのだ。
 まるで皆闇に溶け込んでしまったかのような静寂が、この部屋を支配している。誰も心情を口にはしない。それを言ってしまえば、何もかもが崩れてしまう。彼らの精神は、既にぎりぎりの状態であった。
 張りつめた緊張感の中、口を開いたのは、高杉だった。
「武器どーすっかねェ」
 そこにいたほとんどが、弾かれたように顔を上げる。この状況でまだ戦うというのかという、驚きと非難が入り交じったような複雑な表情だ。銀時と桂は俯いたまま動かない。
「おい、誰かいい考えねーか」
 高杉が周りを見回すが、誰も目を合わせようとはしない。彼は小さく舌打ちをしたが、そのあと微かに嗤った。
「・・・俺達には刀があるではないか」
言いながら、桂は顔を上げた。
「バカかお前、相手は飛び道具持ってんだぞ?接近戦なんぞ出来やしねェ」
「だからといってその飛び道具に匹敵する武器など手に入るわけもなかろう」
「案外幕府に掛け合ってみりゃァくれるかもしんねーぜ?」
「・・・・・・ありえん。それに幕府は我らの敵だぞ。泣きつくなどめっぽう御免だ」
「んなこと言ってる場合じゃねェだろ。それによォ、利用できるだけ利用して、後で潰すってな方が愉快だとは思わねェかァ?」
 心底楽しそうに口の端を上げて、高杉は嗤った。桂はその彼の表情を見て、悲しそうに目を閉じた。
「・・・・・・そこまで言うならば・・・・・・掛け合ってみればいい」
「珍しく物分かりがいいじゃねェかヅラァ」
 くつくつと笑うと、高杉は銀時を見た。
「銀時イ、お前は何か意見ねェのか?」
 そこで初めて、彼は頭を上げた。
「別に・・・・・・いいんじゃねーの?」
 そしてまたすぐに俯く。高杉はそれを気にする風もなく、そうかと一言呟くと、立ち上がった。
「明日の早朝に出れば、昼前には帰ってこれんだろ。それまではまァ・・・・・・仲良く遊んで待ってな」
「・・・・・・頼んだぞ、高杉」
「おう」
 その高杉の返事を合図にしたかのように、皆は立ち上がり、それぞれ就寝の準備を始めた。銀時だけは、もう眠りについているのか、そこを動かなかった。



    だが翌日、高杉が幕府を訪ねることは実現されなかった。昨晩幕府が、攘夷活動を続ける浪士を捕らえよという命を下し、それが早朝にこちらへ報告されたからである。攘夷派の陣営に驚きが走った。
「何故だ?俺達は日本の為に戦っているというのに・・・・・・何故迫害されねばならん!」
 桂は悔しそうに床を叩いた。銀時は壁にもたれ掛かって言う。
「・・・・・・金でも握らされてんじゃねーの。やっこさん、目がねェからな」
「・・・結局はそれか。奴らには義というものが無いのか!」
「案外、そういうのに執着してんのは俺たちみたいな侍だけなのかもな」
 銀時が諦めたように言うと、その場にいた浪士達は皆、肩を落とし、うなだれた。
 そこで、独り別の部屋にいた高杉が広間へとやってきた。
「オイ、大変だぜェ?外に天人がうようよしてやがる」
「何だと?そんなことは今まで・・・・・・」
「幕府さんが出した命令のせいじゃねェの?」
「おのれ、幕府・・・・・・許せん!」
 桂が怒りを露にしていると、高杉は嗤った。
「よォヅラァ、今は幕府よりあの気色悪いのどうにかしなきゃやベェぞ?」
「・・・・・・ああ、そうだな」
 桂がそう答えるや否や、皆武器を手にして立ち上がった。
「行くぞ!」
「おう!」
 一斉に外へと飛び出す。そのまますぐに駆けだして、天人と向き合うように陣取った。
天人たちは、自分たちが見たこともないような武器を掲げ、血気盛んにこちらを見据えている。対する彼らの頼るべきは、己と掌中の刀のみである。これでどこまで戦えるかなど、彼らには見当もつかなかった。ただ言えることは、やるしかない、ということだ。目の前の敵を確実に倒さないことには、彼らは生き延びることは出来ないのである。
 速まる鼓動を落ちつかせようと、個々に深呼吸をする。大丈夫だ、俺たちはやれる。日本の未来のため、自分が生き延びるため。・・・そして、松陽先生のために。
 皆が鯉口を切り、準備が整った。睨み合う両者の間に、張りつめた空気が漂っている。
桂が、すぅと大きく息を吸い込んだ。
「いざ、薙ぎ倒さん!」
 これを合図に、攘夷浪士達は喚声をあげて、天人の群れへと突進していった。
正真正銘の、殺し合いだ。躊躇いや情けは死を意味する。そんな中でも、志士達はかろうじて正気を保っていられたのだ。共に闘う仲間と、もう一度。その約束が、彼らの命を繋ぎとめていた。
 まさに、血の海。彼らは、己の体が動く限り、相手に挑み続けた。