第弐話 暗翳










   今日こそは、攘夷を実現させるぞ。天人を壊滅させるのだ!」
「おう!」
 彼らが望むものはただ一つ。攘夷の実現である。その為に、人は違えど、もう二十年以上も戦い続けているのだ。
 現在の主力は、主に吉田松陽に支持していた者が多く、特に、坂田銀時、桂小太郎、高杉晋助、坂本辰馬が抜きん出てその強さを発揮していた。


「・・・・・・おい、そっちはどうだ!」
「駄目です、人数に差がありすぎて・・・歯が立ちません!」
「くっ・・・・・・仕方ない、一時撤退だ!」


 国内での天人の数が増えてきて、幕府はもはや諦めたのか、攘夷計画を中止。攘夷の意思が強かった浪士たちも、最近はめっきり数が減り、侍の時代は終わりを告げようとしていた。そんな情勢の中で戦っていくのは難しいことであり、実際最近は撒退が多くなっている。
 今ここにいる浪士たちの士気は、今までに無いほどにまで下がっていた。

「このまま戦を続けて、果たして俺たちは勝てるのか?」
「どうだろうな・・・どれだけ斬ろうが天人は減りやしないし」
「いっそのこと、降伏したほうがいいんじゃ・・・」

「貴様ら、何を言っている!」
 悪い空気を断ち切るかのように、桂が立ち上がり、声を張り上げた。
「貴様らは、松陽先生の教えを忘れたのか?日本を守ろうと、先生の大願を実現させようと誓った、あの日の事を忘れたのか!」
「ちっ・・・違います!・・・・・・でも・・・・・・」
「・・・・・・おのれ・・・」
「・・・やめとけよヅラァ」
 今にも掴みかからんとする桂を遮るように、高杉が口を挾んだ。
「・・・・・・高杉」
「そいつらには何言ったって無駄だぜ?腰抜けだからなァ」
 高杉は薄く嗤うと、窓をちらりと一瞥して、目を伏せた。途端に、先ほどの浪士たちが高杉の回りに集まってくる。
「高杉さん!そういうわけじゃ・・・・・・」
「悪いこた言わねェ、さっさとお家帰んな。目障りなんだよ目の前でウジウジされっと」
「高杉さん・・・・・・」
「聞こえなかったのか?さっさと失せやがれ」
 高杉がきつく睨み付けると、彼らは後ずさりして部屋を後にした。
 少し経って、バタバタと出ていく足音が聞こえた。

「高杉、さっきのは言い過ぎじゃないか?」
「お前に言われたかねェな、ヅラ。テメェ鯉口切ってたろ?」
「・・・・・・・・・。別に本気で斬るつもりなどなかった」
「どうだかな」
言いつつ、高杉は腰を浮かせた。
「どこへ行く」
「いいだろどこでも」
「高杉!」
 桂の呼びかけを完全に無視し、高杉は奥の部屋へと姿を消した。
「全くあいつは・・・・・・ただでさえ人が足りないと言うのに、逃がすなんて気がどうかしている!」
「オイ・・・ヅラ、落ちつけよ。ていうか俺は、高杉はよくやったと思うけどな」
 壁にもたれかかっていた銀時が、頭を掻きながら桂を宥める。
「なんだと!」
 桂が振り返ると、隣にいた坂本も調子を合わせた。
「わしも同感じゃ」
「坂本まで・・・何故だ!」
「お前ホント鈍いよな。そんなんじゃ彼女出来ねーぞ?」
「茶化すな!」
 桂が凄い形相で怒りだしたので、銀時はため息をついた。
「だからよォ・・・・・・高杉は、あいつらに死んで欲しくなかったんじゃねーの?」
「・・・・・・え?」
「ふあぁ・・・・・・あー・・・眠ィ」
 会話を遮るように欠伸を一つ落とすと、銀時は立ち上がった。
「・・・ちょ、俺厠行ってくる。ヅラァ、その間に布団敷いとけよー」
「おい、銀時!・・・全く、それぐらい自分でやれ!」
 銀時が去ると、桂は座り込んで深くため息をついた。
「どうしてこうも皆勝手なんだ・・・今は心を一つにすべき時ではないのか!坂本、お前もそう思うだろう?」
「・・・・・・」
「・・・・・・坂本?」
 返事がないことを不審に思ったのか、桂は坂本を見た。
 彼は、険しい顔をして考え込んでいた。
「坂本!どうかしたのか?」
「・・・・・・あ?ああ、いや、何でもないぜよ。ぼーっとしちょった」
 坂本は明るく笑って立ち上がった。
「おんしも早よう休まにゃ、疲れがとれんろー。そいじゃ、おやすみ」
「ああ」
 坂本は部屋を出ていった。少し奇妙な感はあったが、気にすることもなく桂も床についた。


 本来、二つの大部屋が寝室に割り当てられていて、皆は好き好きに、そのどちらかで眠っている。しかし高杉だけはそれを好まず、一人、離れた小部屋を使用していた。それは夜更けまで何かしらする   月を見上げたり、散歩に出かけたり、日によって様々ではある   そんな彼なりの配慮だったのだが、それを知らない他の浪士達からはめっぽう評判が悪かった。・・・尤も、銀時、桂、坂本の三人はその意図に気付いていたのか、終始何も言わなかったが。
 そして今も、彼はその部屋で月を眺めていた。今夜のそれは弓張月を少し膨らませたような、歪な形をしている。
「今日のお月さんは妖艶じゃねェなァ。ちっとも心揺さぶられねェ」
 落胆したように項垂れると、高杉は布団に寝っ転がった。
 目を閉じて耳を澄ますと、木々を掠めゆく風の音だけが静かに鳴っている。その音は、まるで高杉に何かを求めるように擦り寄ってくる。その感覚が、高杉は嫌いだった。あの日が・・・・・・・・あの日の記憶が、脳内を駆け巡って、狂いそうになるからだ。高杉は寝返りをうって、ただひたすらそれが消えるのを待った。
 ・・・・・・少し経つと、それに足音が紛れ始めた。二人連れ、であろうか。高杉はそっと起き上がると、様子を窺った。仕留められてはたまらない。
 だが彼の予想は外れ、足音は遠ざかっていった。目的はこの建物ではないらしい。薄暗い中に目を凝らすと、少しだけではあったが、後ろ姿は確認できた。
「銀時と・・・・・・坂本か。・・・何だァ?こんな夜更けに」