そーだ、カーテン閉めなきゃ」

 小さく呟くと、タオルで髪を拭きながら、私は窓際に近づいた。もう真っ暗になってしまった外は、街灯の近くだけふわっと浮き上がるように明るくて、なんだか幻想的に思えた。今あそこに行ったら、どこか遠くの素敵な世界に行けちゃったりして。今さっきファンタジー映画を見たところな私は、主人公の外人の男の子を思い浮かべて目を閉じた。彼に会えるんなら、異世界でもどこでもためらいなく行っちゃうのに。

 そんな夢見心地で目を開けると、白い灯りの下に、白いものが動いた。びっくりしてじっと見ていると、それは幽霊でも何でもなく、私のよく知っている人だった。

「せんせー!」

 窓をガラッと開けて手を振ると、うちのクラスの担任   坂田銀八先生が、けだるそうにこっちを見上げた。なぜか徒歩の彼は、両手をカーゴパンツのポケットに突っ込んで、サンダルをぺたぺたいわせながら歩いているところだった。

   あれ、?」

 先生は驚いたように目を見開いて、立ち止まった。その顔がだんだんと嫌そうにゆがんできたなあと思った瞬間、先生は元来た道を引き返そうとした。

「えっ、ちょ、何で逃げるの!」
「や、道変えようかと・・・」
「ひどっ!」

 だってよー、と、先生は頭をぼりぼりかいた。生徒の家の前の道なんて、通れるわけないじゃないか、ということらしい。何だかよく分からない理由だ。そもそも教え子の住所なんて、担任ならあらかじめ確認しておけるものじゃないか。そう言ってみると、

「そんなめんどくせーことしねーよ」

というやる気のない答えが返ってきた。まあ、予想通りではあるけど。

「ていうか先生どこ行くの?」
「教えませーん」
「あ、分かったジャンプ買いに行くんだ」
「・・・・・・」
「お、当たった。ねえ先生、私も行ってもいい?」

 コンビニに特に用事はないけれど、素の先生が見れるならついていってもいい。そう思って行ったのだが、先生はまたまた嫌そうに顔を背けた。

「あのね、先生は遊びに行くんじゃないの。コレは戦争なんだよくん」
「争奪戦てこと?だったら人数多い方が有利じゃん」
「・・・あ、真面目に返してくるんだ。先生びっくりしちゃったよ」

 先生はもう一度私を見上げると、困ったようにメガネを上げた。てっきり乗ってくるもんだと思っていた私は、拍子抜けしてしまった。白衣着てないと調子でないのかな。先生の新たな一面に私はびっくりしてしまって、心臓がどきんといった。でもなんとなく、びっくりしたときの感じとはちょっと違うような気がした。

「とにかく、遅いから却下な。ガキは早く寝なさい」
えー!先生のケチ!
「・・・あのなあ、先生はお前のためを思って・・・」
「だったら連れてくべきだと思う!」
「あーうるせーうるせー」

 先生はまた頭をわしゃわしゃすると、身体の向きをくるりと、元の進行方向に戻した。

「あ、先生!」
「先生は、ジャンプは一人で買いに行きたい派なんですー」

 そのまま右手をひらひらと振りながら、先生は歩き出した。

「さっさと寝ない悪い子のところには、屁怒絽くんが来るぞー」
「そ、それは怖いかも!・・・って先生!」

 その光景を想像して怖がっている間に、先生は窓から見えないところまで歩いていってしまった。行き先が分からないわけじゃないけど、今から追いかけていったら本気で嫌がられそうだから、今日のところはやめておこう。週明けに雑用とか押しつけられても嫌だし。

 それにしても、さっきのどきん、っていうのは何だったんだろう。少女漫画的に推測すると、アレは間違いなく恋した時の効果音なんだけど・・・。

「・・・いやいや、ない。それはないよ」

 偶然先生に会ったから、ちょっとびっくりしちゃっただけだ。そうに違いない。
 うんうんとひとりで頷くと、もう誰もいなくなった道をちらりと見てから、私は窓とカーテンを閉めた。








RICOPRA


--- 銀八ノーマルEND



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