それでも、俺はうらやましかった。だって局長は、写真を本当に幸せそうに見つめていたから。 副長の部屋を出ると、俺はふうと息を吐いた。危険な任務だと聞いていたけど、思ったより大丈夫そうだ。開始までまだ結構時間もあるし、少し部屋でゆっくりしとこう。重要任務の前後は、のんびりしていても怒られないのだ。 伸びをしながら縁側を歩いていく。今日はいい天気だ。 「・・・お守り、か」 俺はふと、あの日の話を思い出した。 守るものがある人は強いとよく言うが、大事な人の写真を持っておくというのは具体的な意味でそれにぴったりなのかもしれない。懐にそれを入れておけば、自然と守ろうとするもんな。 守ることで守られる。精神的にも、肉体的にも。優しすぎる局長にはぴったりの方法だと思った。 俺にだって、大事な人はいる。写真だってある。でも、だめなんだ。俺には。 布団をあげた自室はやけに広くて、どこに座ろうかとうろうろするはめになった。普段ならこの時間に部屋にいることなんて無いから、うまくのんびり出来るかすら不安である。 俺は適当に腰を下ろすと、ぼんやりと部屋を見回した。変装用の衣装、化粧道具が壁を覆うように置かれている。仕事部屋だ、と思った。真選組の山崎退以外のものは存在しているんだろうかと思うくらいに、この部屋は殺風景だ。 「・・・どこに、片付けたんだったかな」 問うように呟いた。 聞かなくても分かっているのに、答えを知りたかった。 俺は、箪笥の上に視線を移した。あの、箱だ。見えないように、でも見えるように、あそこに置いたんだ。 立ち上がってそれを下ろした。うっすらと積もる埃を拭き取って、蓋を開けた。懐かしい匂いがふわっと香って、俺は、再びこれに触れてしまったことを後悔した。 変わらないものは、時にとても残酷だ。 「・・・そっか、こんなにあったんだっけ」 俺は元の場所に腰を下ろした。箱を胡坐の上に置いて、中身を一枚取り出した。 「・・・さん、変な顔だ」 俺は苦笑して、その写真を箱に戻した。 この箱には、俺の大事な想い出が詰まっている。 そもそも、真選組と何かを両立しようと思うのが無理な話だったんだ。俺はそんなに器用じゃないし、必ず帰ってくると約束も出来ない。 そんな俺が人なんか愛しちゃいけなかったんだ。大丈夫だと言う彼女の言葉を鵜呑みにして、安心しきっているような俺が、誰かを幸せに出来るはずなんて無い。 二年前、俺の元を去って行ったさんを追いかけられなかった俺には、この写真を持っている資格なんて、あるわけが無いんだ。 分かっているのに俺は、まだこの箱を抱えて立ち止まっている。 「ねえ、さん。もし、さ」 俺はもう一度、別の写真を一枚取った。話しかけるように続ける。 「もし俺が、さんの写真をお守りとして持ってたら、どうする?」 仕方ないなあ、とか言いながら、守ってくれる? 俺の中には二年前までのあなたしかいないけど、それでも、許してくれる? 「・・・なんて、ね」 馬鹿馬鹿しくなって、俺は写真を箱に入れ、足の上からも下ろした。そのまま倒れこむようにして仰向けになった。 隊服を何度も新調した。役職も変わった。難しい任務だって任されるようになった。それなのに何にも変わっちゃいなかったんだ。 俺は、深くため息をついた。 もう、二年も経ったんだぞ。いつまでこうしてるつもりなんだ。 「さん、こう言うのもなんだけど、今なら俺、気持ち分かるよ」 こんな男、俺が女だったら絶対に好きになんかならない。 そろそろ、準備をしないと。障子越しの光に促されるように、俺は立ち上がった。今日は浪士の格好だから、そんなに時間はかからないけど、念入りに準備するに越したことはない。 俺は鏡台の前に座った。髪を結うなんてもうお手の物だ。 「終わったら、箱戻しとかないとな」 局長のお守りは、本当にうらやましかった。俺も真似しようとさえ思った。 でも、やっぱりだめだ。 俺にはそのお守りはきっと・・・逆効果だから。 「いてっ」 ゴムが滑って、ぱちんと指に当たった。地味に後を引く痛さだ。 俺は苦笑したつもりだったが、鏡に映った自分の顔は泣きそうに歪んでいた。
残り香に彷徨う 呼びかけたってもう、届かないのに 切ない話が書きたくなって、お相手には見事ザキが選ばれました! 我が家のザキくんはなかなか幸せになれないようです。ごめん!笑 2009/12/06 |