毎週月曜日に、屯所を訪れる人がいる。

というその女性は、真選組御用達の薬屋で働いていて、
毎週月曜日には必ず、不足している物は無いかと声をかけに来てくれるのだ。
身体が何よりの資本な俺たちだ。だからそれはものすごく有り難いことなんだけど、
毎度毎度包帯と湿布だけじゃあ流石に申し訳ない(それ位なら自分達で大江戸マートに行けば事足りるからだ)
しかもアレは重い。量が量だから尚更だ。
それを持たせて送り出す薬屋の旦那のことを考えると申し訳なく思うし(実際、そんなに繊細な人じゃないけど)
彼女だって不満だらけだろうと、思う。
でもそんなものなど微塵も見せずに、彼女は笑顔で挨拶をし、ちょっとした会話に付き合ってくれるのだ。

俺は、そんな5分程の他愛もない時間が、どうしようもなく好きだったりする。



「御免くださーい」
屯所の玄関に、明るく澄んだ声が響いた。
「お、来た来た」
俺は目を通していた書類を置いて、足早に玄関へと向かった。玄関先での応対は主に俺の仕事だ。
「こんにちは、さん」
「退くん、こんにちは」
いつも通りの挨拶をしながら、さんは僕に笑いかけた。この笑顔のおかげで、月曜日の俺はいつも絶好調だ。
「今日も大荷物じゃないですか・・・すいません、大変でしょう?」
「こんなの全然。それに、私が来たくて来てるんですから」
「来たくて?」
「ええ。皆さんとお話するの、とても楽しいから」
「そうですか?俺たち剣にしか能が無いから、下らない話しか出来ませんよ」
「そんなことないわ!皆さん面白いお話たくさんしてくださるし・・・・でも、やっぱり退くんが一番かしら」
「・・・え?」
「だから、退くんと話すのが一番・・・・・・って私、何て恥ずかしいことを・・・」
はっと気付いたように黙ると、さんは小さく、ごめんなさいねと謝った。

自分で自覚していないんだろうけど、今のさんは頬を微かに染めながらはにかんでいて、すごく可愛い。
もし俺が今仕事中じゃなかったら抱きしめてしまっていたんじゃないだろうか。・・・・・・いや、それはどうかな。
そんな状況がもし仮に訪れたとしても、頭の隅っこは妙に冴えていて、
彼女に近づくことすら、出来なかったかもしれない。

「・・・・・・ねえ、退くん?今日は何だか屯所内がバタバタしているようだけれど」
さんが周りを見回しながら言う。確かに、隊士達はそこかしこを慌ただしく駆け回っている。
「ああ、一部の隊だけですよ。今日はちょっとね。・・・・まぁそういう俺もこの後出なきゃなんないんですけど」
「え、そうなんですか?すいません引き止めちゃって・・・・そろそろおいとましましょうか」
「いえ!そんな気を使わないで下さい。俺だってさんとお話するの、とても楽しいんですから」
俺が慌てて言うと、さんは驚いたように目を丸くして、その後笑った。
きっとこの人は、俺の言葉を社交辞令ぐらいにしか思ってないに違いない。
この言葉だけじゃない、俺が彼女に対して言った言葉は全て、本音なのに。
でも、仕方がないのかもしれない。だって、あなたが見てるのは    俺じゃ、無いから。

「ありがとう、でも本当においとまするわ。店番もしなきゃならないし」
「あ、じゃあ門までお送り・・・・」
「オイ山崎、お前こんなとこで何し・・・・あ」


・・・・見つかっちゃったか。
振り向かなくても誰だかなんてすぐにわかる。声が特徴的っていうのもあるし、それに、


さんが、顔を真っ赤にしているから


「そういや今日は月曜だったか・・・いつもすまねェな、」
「いえ、そんな・・・・こちらこそ、いつもお世話になってます、土方さん」

この二人が会話を始めると、俺の入る隙間は全くなくなる。
だからといって此処を立ち去るのも癪なので、俺はいつも黙ってその様子を眺めている。

副長と話しているときのさんは、本当に幸せそうだ。
まるで花が一斉に開いたみたいな、そんな笑顔で終始楽しそうにしている。


でも俺は「退くん」で、副長は「土方さん」なのに、どうして俺は彼女に振り向いてもらえないんだろう?


「お前、顔赤いぞ?熱でもあんじゃねーのか?」
「え?いや、大丈夫です!熱なんかありませんよ」
「でも万が一何かあったら困んだろ。オイ、山崎」
「はい?」
「コイツ、奥の部屋で休ませてやってくれ」
「承知しま・・・・・・」
「あの、本当にどうもないので!大丈夫ですから」
「そうか?」
「はい。それじゃぁ仕事がありますのでそろそろ失礼しますね!」
さんは慌ただしくお辞儀をして、出ていってしまった。
あまりの素早さに、俺と副長は引き止めることも出来ずに立ち尽くしていた。
「・・・・・・俺、何か変なこと言ったか?」
副長が怪訝そうに聞いてきたが、俺はぎこちなく笑みを作ることしか出来なかった。
鈍感なように見えて、意外と鋭いのか?よく分からない、この人は。
俺は小さくため息をついた。と同時に、自分が手に持っていた存在を思い出す。
「・・・・・あ、お勘定!」
俺は副長に一言断ると、急いでさんを追い掛けた。
あの調子で足早に歩いていってしまったのか、彼女の背中は遠くに見える。
走り出そうと足を踏み出したところで、ふと、思った。

賭けを、してみようか。
ここから彼女の名を呼んで、もしも振り向いてくれたなら    俺にも見込みはある。そんな、賭けを。

なんて信憑性のない話だろう?そんなのは自分でも十分に分かってる。
でも、そんなものでも信じてみる価値はあるんじゃないだろうか。
今の自分を奮い立たせるにはちょうどいいじゃないか


俺は静かに息を吸った。そして、大きく口を開く。

    でも、声は出さなかった。代わりに自嘲するような笑いが零れる。
「・・・何やってんだろ、俺」
地面に向かって長く息を吐く。ああ、今日は息が白い・・・・そういえば寒いかも。
正気に戻ってみれば、今の俺の格好は明らかに場違いだ。
突然寒くなってきた俺は、身体を抱きつつ、元来た道を引き返した。
勘定のことは後で電話をいれておこう。必要ならば届けに行けばいい。
上着も着ずに飛び出してきた俺の身体を、ひやりとした朔風が撫でていった。




言い訳をするつもりなど毛頭ないけれど、あえて一つだけ言うならば、俺は勇気が無いからやめたんじゃない
出来ることなら今すぐ気持ちを伝えて、彼女の返事なんてお構い無しに抱きしめてしまいたいとさえ思う
でも、それがどうしても出来ないのは

副長と話しているときの彼女の笑顔を知ってるからだ

そして皮肉なことに、それは俺が一番好きな表情だったりするから心底参る


俺がもし、気持ちを伝えたりしたら、あの人は きっと
だから、だから




言えるわけ、ないじゃないか。
あなたが         さんが、好きだなんて







あなたが幸せならば、


      それで



                   この気持ちはしまい込んでおくから、どうか   笑っていて












またザキ夢書いちゃったよー

2007/11/17


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