突然だが私と実家が「竹寿司」の山本武は幼馴染で、自慢では無いけどとても仲がいい。もう幼馴染っていうより家族?さらに言えば兄弟?みたいな関係なのだ。そして私は武のことがとっても好きで、武もそうだと言ってくれた。7年くらい前の話だ。でも別にあたしたちは付き合うとかそういう一般的な関係には決してならなかった。そりゃそうだ、若かったんだから(ていうかガキ)。あれから7年たってもそれは変わらなくて、物足りないと感じながらもあたしは納得していた。だって、付き合わなくたってあたしは、誰よりも武に近いとこに立ってる。そう確信できたから。だから武が内緒でどこかに出かけていっても、それも特に心配しなくて大丈夫だった。武があたしを置いてどこかに行ってしまうはずなんて無いし、尋ねたってどうせ女の子には関係が無い話だろうから。それなのに(そう言い聞かせていたのに)あたしはつい追いかけてしまったのだ。久々に姿を現した武の後ろを、音も立てずに。
 曲がり角に差し掛かって、武の背中を見失う。尾行の危機を感じたあたしは、小走りで角に向かった。もしかして武がつけられてるっていうのを知ってて、この先で待ってたらどうしよう、なんて少し思った。けどまあその時はその時だ。面と向かって尋ねればいい。だって、しょうがないじゃん、気になるんだもん。半ば開き直ったような感じで、あたしは角を曲がった。



 薄く漂うピンクの煙に顔をしかめながら、薄眼で眺めると、そこには。



   お、か!相変わらずちっせーなあ!」



 黒いスーツに青いシャツ、腰に刀っぽいものを携えた、顎に傷のある武、が立っていた。普段の武にこんな修飾語はつかないし、こんなに背が高かった気もしないし、ていうかさっきまでTシャツに短パンだったじゃん!早着替えの達人なんです、なんてオチじゃないだろうけど、それ以外に説明のしようがない。いや、待て、身長のことはどうしよう。それに、声もずっと低いし。
 普段ほとんど使わない頭を必死でフル回転させていると、目の前で武らしき人が笑った。
「意味が分からない、って顔してるぜ」
 まさにその通りなんです。そういう気持ちを込めて曖昧に笑うと、武(仮)はそりゃそうだよな、と苦笑した。そして、とりあえず時間が無いから、と近くの公園に向かって勝手に歩き出す。こういうところはまさに武そのものだ。後ろを追いかけながらあたしは、武と武(仮)が同一人物だと確信し始めていた。なんでこんなことになってしまったのかは、よく分からないけど。






   とまあ、そういうことだ。納得できたか?
「で、できた・・・できました」
「だから、今まで通り普通に喋ってって言ってんだろー?」
「あ、そうでした・・・そうだったね」
 理解はした。十年バズーカというものの存在はにわかには信じがたいが、理解は出来た。そして今あたしの隣に腰かけているのが十年後の武だってのも理解は出来た。ついでにいうと五分経てば元の武が戻ってくるってのも頭に入っている。分からないのは、今何分経過したのか、ってことだけだ。
 それにしても。あたしは武にバレないように気を使いながら、彼の方を見た。外見は、服装とかを除けばそんなに変わっていないと思う。でもやっぱり・・・何ていうか、雰囲気が違う。年をとったんだから当たり前だけど、今よりずっと落ち着いてる感じがする。あたしが視線を元に戻した時、武は口を開いた。
「俺、そんなに変った?」
「まあ、十年も経ってるし、変わってて当たり前だよ」
「まーそうだよな」
 武は遠くを見て笑った。彼が生きてる、未来の世界を見つめてるんだろうか。そこに、あたしはちゃんといるのかな。そんなことを考えてしまった。十年後の武の格好を見ていると、どうもそういう風には思えなくて何だか切なくなってしまった。そんなあたしの気持ちとは裏腹に、武は隣でにこにこしている。一体何がそんなに楽しいんだろう。ずるい、ずるい。こっそり唇をとがらせていると、頭にずっしり、何かが乗った感触がした。
「なー、知ってたか?」
「何が?」
「十年後のって、綺麗なんだぜ」
「・・・えっ」



心臓がどくんという音が聞こえた気がした。
規則的な鼓動は速さを増して、胸ははち切れんばかりだ




「し、知ってるわけないじゃん、そんなの!」
「そりゃそうだな」
 さっき遠くを見てた時、武は未来のあたしのことを考えてくれてたんだろうか。自惚れかもしれない、でも・・・とてつもなく嬉しい。未来のあたしたちって、どんな関係なのかな。願った将来が、そこにはあるのかな。
 ふいに、武の手が動いた。それは壊れ物を扱うかのように、ゆっくりとあたしの髪を辿った。
「だけど、今のは、可愛い感じなんだなー」
「・・・ええっ!」
 武の過激な発言と、頭を優しく撫でる手のダブルパンチで、あたしの顔はまるで燃えているように真っ赤になってしまった。十年という月日は恐ろしい。あの武がこんなことを言えるまでに成長しちゃうんだから。ちらりと隣を盗み見ると、武は驚くほど優しい顔であたしを見ていた。ねえ、なんでそんな顔するの?あたしばっかりドキドキしちゃって不公平じゃん。慌てて眼をそらして、俯く。武の手は、相変わらずあたしの頭の上だ。
「ずーっと見てたのに、気付かなかったなんてな」
ぽつりと武が呟く。よく聞こえなくて、あたしは聞き返した。彼は笑うばかりだ。
「なんでもないぜ!・・・さて、そろそろ時間かな」
 手元をちらりと見ると、武は立ち上がった。つられるようにあたしも腰を上げた。頭にまだ少し残っている熱が、妙に愛しい。ああ、十年バズーカを作った科学者さん。五分なんて、短すぎるよ。そう思った自分にびっくりした。
「十年前のと話せて楽しかったぜ」
「あたしも、十年後の武と話せて嬉しかった。すっごく楽しかったよ」
「そっか!よかった」
 満面の笑みを浮かべて、武は手を挙げる。あたしも同じように右手を挙げる。満面の笑みとまではいかなかったけど。



言わなくちゃ、言わなくちゃ
鼓動の速いリズムにのせて、破裂しちゃったってかまわないから




「・・・ねえ、武!」
「ん?」
「十年後、もしまだあたしが武の傍にいたら、」
「いたら?」
変なことを言ってるには違いないのに、武は真面目な顔であたしの次の言葉を待ってくれている。きゅんと疼く胸に手を当てて、あたしはまっすぐ前を見た。

「武のこと、好きになっちゃうと思うの」



    ぼんっ!という破裂音がして、五分前と同じように、辺りにはピンクの煙が漂った。目の前には、きょとんとした武の顔が。さっきまであたしが追っかけていた、今の、武だ。
「・・・あれ、?」
 なんでここにいるのか分からない、といった様子で、彼は辺りを見回す。さっきとは打って変わって幼い横顔に、安心感と、少しの胸の痛みを覚える。勿論、寂しいって意味じゃない。あたしは進化したのだ。ただの幼馴染から、淡い(本物の)恋心を抱く乙女に。
「なんで俺らはこんなとこにいるんだ?」
「うーんと、気分?」
「なんだそりゃ?今日のは変なのなー」
 気になるようだったが、武はそれ以上聞いてはこなかった。それでいい。だって教える気なんてさらさらなかったから。さっきの出来事は、まだあたしと十年後の武の秘密にしときたい。十年たって、武があんな風にかっこよくなったら、教えてあげるんだ。そして勿論、これを付け加えるのを忘れない。「やっぱり、好きになっちゃったよ」って。
 とはいっても、さっきの言葉が聞こえてなかったら、全然意味無いんだけどね。それはまあ、十年後のお楽しみ、ということにしておこう。それまで、この淡い恋心も、まだ残る熱も、心の奥に閉まっておくんだ。目の前の武はきっとあたしになんか興味が無いだろうから、これから十年のあたしの仕事は、自分磨きとかでいいと思う。成長して余裕ができた武がびっくりするくらい、綺麗になってやるんだ。
 小さな抱負を思いついたあたしは、自然とにやにやしてしまったらしい。武は怪訝な表情だったけど、あたしは気付かないふりをして歩き出した。たまにはあたしが先を歩くってのもいい。後ろから武が付いてくるのを感じながらあたしは、今日帰ったらまず何をしようか、そればかり考えていた。











このドキドキも、しばらくはおあずけかな















Garnetさまへ提出させて頂きました。手探りの10年後山本。
自分では全く甘いと思っていないんですが、これって甘いんですか?笑
素敵な企画に参加させて頂けて幸せでした。ありがとうございました!

2009/08/08 (掲載2009/08/09)