世間一般の人間は、こういうときに『MT(まさかの展開)』という言葉を使うのだろう。というわけで私も流行に乗って、一言言わせてもらう。マジMTなんだけどォォォ!
・・・・・・え、古い?・・・マジでか。





吸殻 いとしい気持ち






今日、5月5日はこどもの日だ。私は当然、会社は休みだと思っていた。職種的に、今日出勤しなきゃならない理由は一つもないのだ。会社のデスクについている今も、一つもなかったと思っている。
「ホント・・・・・・MTだわ・・・」
古いと分かっているのに使わずにはいられないあたり、自分も老けたなあ、と思う。昔は最新のものをいち早く知ることが人生だと思ってたんだもんな。活力があったよな、ホント。
・・・・・・少々話がそれた。私が今言いたいのはそういうことではないのだ。
「何してるかな・・・トシ」
トシというのは、鬼の副長という通り名で有名な、土方十四郎のことだ。意外にも、彼は私の恋人だったりする。

今日、5月5日はこどもの日だ。私は当然、トシは仕事だと思っていた。職種的に、今日休みを取れるはずがないのだ。今だって、そんなことは不可能だと思っている。けど、それは現実に起きてしまったのだ。
・・・まさか、『誕生日だから』などという理由で休みが取れるなんて。そんなこと誰も予想しないだろう。局長の計らいだと言っていたが、一体どんな人なんだろう。性格良すぎる。
私にもそんな粋な上司がいればよかったのに。と、私は横目で上司のデスクを見た。言うまでもなく、彼は休みだ。子供がいたら何だって許されるんですか。だったら私だって子供を・・・!・・・いやいや、何言ってんの私。
「とりあえず、さっさと終わらして帰るしかない!」
この書類さえ片付ければ、私は自由なのだ。せめて昼前には終わらせて、ケーキとマヨを買って帰ろう。確か去年は二人で買いに行ったっけ・・・あ、そういえばトシ、去年も休みだった。


---*---


「お、終わった・・・・・・」
んーっと大きく伸びをする。思いのほか疲れていたようで、同時に欠伸も出る始末だ。
首を回しながら立ち上がり、窓の戸締りの確認に向かう。何気なく外を見ると、そこには綺麗な夕焼けが広がっていた。
・・・まさに、開いた口が塞がらないとはこの事だろう。いいペースで仕上げたと思ったのだがどうやら大間違いだったようだ(忘れていたが、私は機械の扱いがとてつもなく苦手だった)。
「やば・・・急いで帰らないと・・・!」
己の力量を過信していた私は、調子に乗って『昼過ぎには帰れると思います。ケーキとマヨ買って帰るね』と浮かれたメールを送信してしまったのだ。トシはそのつもりで昼食も取らずに待っているかもしれない。慌てて携帯を取り出すと、履歴にトシからの着信が数回あった。こんな日に限ってマナーモードで鞄に入れているんだからもう運が悪いとしか言いようがない。ああもうどうしよう、とりあえず帰ってひたすら謝るしか・・・。
今までにないほどのスピードで身支度を終えると、私はビルの階段を駆け下りた。

うちの会社は大通りに面しているので、勢いよく飛び出すと命の危険に直面することとなる。一度、危ない目にあったことがある私は、ことさら神経質に左右の確認をするようにしていた。
勿論、急いでいる今だってそれは怠らない。歩道の一歩手前で立ち止まり、私は顔だけ出して右を見た。

ちょうど私の目と鼻の先の辺りに、人がしゃがんでいる。黒髪で、黒の着流しを身につけて、煙草を吹かしていた。

私は左を見た。異常なし。そしてもういちど右を確認する。やっぱり、いる。その人は、ゆっくりと口を開いた。
「・・・テメェの昼過ぎは随分と長いようだなァ、
「・・・・・・・・と、」
トシ、だった。
いや、実は一回目に見たときから気づいてたんだけど。でもまさかいると思わないし、そっくりさんってこともありえるし?ていうかなんでここに、トシが。
「ど、どして・・・」
「昼過ぎだっつってたのに全然帰ってこねーから・・・その、見にきたんだよ」
「いつ頃来たの」
「さあ・・・さっきじゃねーってことだけは、確かだな」
そう言って、深く煙草を吸い込む。短くなったそれをしまうために、トシは携帯灰皿を取り出した。開いたとたん、中身が溢れてこぼれた。
「あ、やべ」
トシはマメな方だから、前日の吸殻を残したままになんかしない。つまり今日、外でそれだけ吸ったんだ。きっと、ここで。
私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。申し訳ないって気持ちと、嬉しいって気持ちと、他にもいっぱい、トシに対する気持ちが溢れてきて、胸に収まりきらなくなるんじゃないかと思った。自分の誕生日なのに、私のこと考えて待っててくれるなんて、そんなの、ずるい。私を喜ばせるなんてずるい。
吸殻を拾い終えて立ち上がったトシに、私はそっと抱きついた。ここは日陰になっていたのだろう、トシの体は少し、冷えている。
「待たせて、ごめんね」
「ホントにな」
「好きなだけマヨ買ってあげるから」
「お、おう、ありがとな」
「それから、あの」
「ん?」
私は、顔を上げた。近くで見るトシの顔はやっぱりカッコよくて、胸がドキドキする。
「お誕生日、おめでとう」
「・・・ん、ありがとよ」
たまにしか見せない、無防備な笑顔が見れたことが嬉しくて、私はもう一度、ぎゅっとトシに抱きついた。










副長おめでとうございまああああす!
だいすきです

2008/05/05


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