高校に入学して初めて隣になったのは、よく寝る男の子だった。
 もともと女子高に通っていて、高校から外部に通うと決めたちょっと変な私はそんなわけで、男の子というものを近くで見るのがとても久しぶりなのだ。思っていたより子供っぽいんだなとか(教科書は少女漫画だ)、寝顔は予想通り可愛いんだとか、ぽかぽかしていてだるい5時間目には隣の眠り姫、もとい王子を見つめながら、左から右に英文を聞き流すのである。
 こっちを向いて寝るくせのある彼の名前は、入学初日に覚えた。田島くんだ。田島悠一郎くん。ゆういちろうっていうけど、長男じゃないです、なんて元気に自己紹介していたのが今も頭に残っている。それに比べて私ときたら、相変わらずの人見知りが邪魔をして、単なる名前紹介になってしまった。前後の女の子は優しいから、そんな私にも話しかけてくれる。そのおかげで、空白ばかりの私のプロフィールは、徐々に埋まりつつあった。
 はい、ここテストに出ますよー、と先生が言った。それに合わせて、教室内にシャーペンの音が響く。英語の平均点が高そうなクラスだなあ、と私は心配になった。もともと英語は好きな方で、というか他が全然出来ないから、英語で稼いでおかないと大変なんだけど。
 ふうとため息をついたら、隣の田島くんがむくりと起き上がった。

「ふぁ……あれ、もう授業終わっちゃった?」
「え」

 ちらりと右を見る。思ったとおり、寝ぼけまなこの田島くんは私に話しかけていた。

「あ、ううん、まだだよ。今テストに出るとこの解説してて……」
「マジで!えっていうか、もしかして今までの授業でもそんな解説してたり?」
「うん、毎回してくれてたよ」
「俺、一回も聞いたことねーよ!やっべー……けどまいっか!」

 そう言うと、田島くんはいたずらっ子のように笑った。寝顔よりずっと可愛いけど、言ってることはあんまりよくない。私はノートをぱたんと閉じて、田島くんに差し出した。

「ん、なに?」
「……ポイント全部メモしてあるから、よかったら」
「え、ほんとに?高速で写す!」

 田島くんは急いで筆箱を開けると、シャーペンを取り出した。そしてまっさらなノートに、ポイントの部分だけを抜き出して写しているようだった。速記みたいで、私にはよく読めなかったけど、たぶんそうだと思う。そして全部終わると、カンッと音を立てて芯をしまった。

「サンキュー、すっげー助かった!」
「たいしたことしてないよ、それに、読みにくかったでしょ」

 ノートを受け取りながら言うと、田島くんはぶんぶんと首を振った。

「読みやすかったしわかりやすかった!、英語得意なんだなー」

 そう言って嬉しそうに田島くんが笑うから、私もつられて、うん、なんて答えてしまった。どうやら私の得意科目は英語ってことになったみたいだ。また一つ、空白が埋まった。
 ……そして、もう一つ。

「ていうか、話したの初めてだよなー!何部入るの?」
「えと、まだ決めてないんだ」
「マジで?じゃあ野球部のマネジやんねー?なら大歓迎!」
「え!あ、あの……考えとく」
「うん!」



 空白だった好きな人の項目も、一瞬で埋まっちゃったみたいだ。












企画じゃない普通の更新は久々です。
田島くんがエセすぎて恥ずかしい。
2011/04/20