グラウンドの閑散とした状態に、驚いて言葉を失う。うちの野球部とは比べ物にならないよな・・・いつも人がうじゃうじゃしてるし。2、3度辺りを見回してみるが、他の選手が合流する気配はない。やっぱりあれがフルメンバーなんだ。私は帽子のつばを少し下げて、手元のメモにそれを書きこんだ。選手は全部で9人、それからマネージャーと、監督とコーチかな?選手は平均的に小柄・・・と。 この突き抜けるような青空の下、一体私は何をやっているのか。もうすでにお分かりだろうが、そう、偵察だ(ちなみに、学校名は内緒だ)。無名の新設チーム、西浦が何故桐青に勝つことが出来たのか、それを探ってこい。監督命令でそう言われちゃ、断ることなんて出来ないだろう。本当はこういうコソコソしたの嫌いなんだけどなー・・・。マネジってこういうとき損な役回りだよなあ、なんて、しみじみ思ってしまったりするのだ。・・・他校のグラウンドの片隅で。 「あ、そろそろ守備練始まりそうかな?んじゃあちょっと移動して・・・」 どこだったら見つからないかな、レフト奥の木の辺りとか・・・。きょろきょろと周りを見渡していると、後ろから足音が聞こえてきた。・・・後ろ? 「・・・ん?」 「・・・・・・!」 見つかったか!変な汗が背中を流れるのが分かる。あの足音はスパイクの音だったし、声も高めだけど男の人だった。つまり・・・野球部員に見つかったと考えて間違いはないだろう。うわ、終わった・・・。いろんな意味で終わった。 「しのーか、じゃないよな・・・じゃあ誰だー?」 「あ、えと・・・・・・どうも・・・」 無視するわけにもいかないので、恐る恐る振り向く。そこには、鼻の頭に少しそばかすをのせた、小柄な人が立っていた。 「んー、やっぱり見たことないなー。何年何組?」 「いや、その・・・・・・えーと」 こういうときとっさに返答が思いつけばいいんだけど、生憎私はそこまで頭が回らなかった。しばらく経って、このチームが1年生のみだということを思い出す。しまった、2年か3年って言っとけばよかった・・・!ちらりと前に立つ人の顔を盗み見ると、彼は合点がいったようにああ!と声を上げた。 「分かった!スパイだ!」 「・・・え!?いや、えっと、そういうのじゃ、ないつもり・・・なんですけど・・・!」 「えー違うの?だって何かこそこそしてるし、絶対スパイだよ!」 「や、確かにこそこそしてるけど・・・でもスパイじゃないです、よ!」 「えー?じゃあ何だー?」 私の周りを一周しても答えが見つからなかったのか、彼はぷうと頬を膨らませた。うちの学校、制服に特徴なくてよかった・・・!安心しきっていると、遠くから声がする。センターの方だ。 「おーい田島!何やってんだ!」 「やっべ、行かなきゃ」 「田島・・・?」 田島といえば、西浦のキープレイヤー、4番サードの田島くんしか思いつかないんだけど・・・。もう一度彼の顔をじっくり見てみる。そういえば・・・こんな人だったかもしれない。 「え、田島くん!?4番サードの!?」 「ん、俺のこと知ってんの?」 「知ってるも何も!大ファンです!」 「俺のファン?」 「そう!」 「なーんだ、そういうことならそう言ってくれればよかったのに!」 先ほどの不審な顔はどこへやら、田島くんは満面の笑みを浮かべている。つられて私も笑顔になってしまった。 「こんなとこ隠れてないでさ、グラウンドで見ればいいじゃん!」 「えっとそれは・・・!きょ、今日は時間が無いからまた今度にします!」 「ふーん?」 ちぇー、と残念そうな表情を浮かべる田島くんは子供っぽくて、試合で見た彼とは全く別人だった。普通だったらがっかりするところなんだろうけど、不思議と嫌じゃない。むしろ、好感度アップかも。 嬉しいな、もっといろいろ話したいな、そんなことを考えていたら、また後ろから声が飛んできた。 「おい田島!早くしろって!」 「おー今行く!」 腕をぶんぶんと振り回して、田島くんが答える。そうか、のんきに話してる場合じゃないんだ、彼も私も。寂しいと思う気持ちを奥に追いやって、当初の目的を再確認する。偵察は失敗したんだ。はやく学校に戻らなくちゃ。 「ごめん、俺もう行かなきゃ」 「こちらこそ引きとめちゃってごめんなさい!」 「いーのいーの!それよりさ、また来てよ!しのーかの隣で見た方がよく見えて楽しいし!」 「しのーか?」 「うちのマネジ!」 「そうなんだ・・・。うん、いつかぜひ!」 「うん!」 それじゃあ、と手を振って、お互い違う方向に歩き出す。背後から田島くんがごめーん!と謝る声が聞こえて、ちょっと笑ってしまった。びっくりするほど大きな声だ。 ・・・大きな声、で思い出した。帰ったら監督に怒られるんだろうなー、何にもデータ取れなかったし・・・。よく通る彼の声を思い出して、私はげんなりした。距離感考えろっての、ホントに。 「・・・でも、田島くんと喋れた」 自然と漏れた独り言に驚いて、慌てて手で口を覆う。誰にも聞かれてなかったみたいだ、よかった。安心すると同時に、こんなにも自分が喜んでいることにびっくりする。・・・そりゃそうかー、あの田島くんだもんなー。桐青戦見て一発で虜にされてしまった、憧れの人だもん。 これまた自然と頬が緩んだことに気づいたが、手は先ほどのまま口元にあるから心配はない。 今度はお互い部員としてじゃなくて、友達として、田島くんの話たくさん聞きたいな、なんて思ったら、更に顔がにやけてしまった。
ヒロインみたいな気分だ
こんな出会いがあるなんて、嬉しい誤算でしかない 「 「うーんとね、俺のファン!」 「はあ?」 田島可愛いけど難しい! 彼がしのーかって言うときゅんとします。可愛い! 2008/11/15 ウインドウを閉じてお戻り下さい |