第拾話 遼遠









   懐かしいなァ。もう何十年も前の話みてェだ」

 高杉はどこか寂しそうに笑った。それを紛らわすかのように煙管を吹かす。紫煙がゆっくりと闇を漂った。
 あれ以来、あの三人とは会っていない。生きているかどうかさえ、知らない。
 だがきっと生きていると、高杉は思っていた。なんとなくではあるが、そんな気がするのだ。

「・・・あいつらには、会いたくねェな」

 次に高杉が人前に姿を現す日、それは、江戸が火の海になるということを意味している。
 高杉は、全てを壊すつもりでいるのだ。
 あの日、山茶花の前で誓ったように、世界を。

「次会ったら、俺ァ確実にあいつらを殺す。これは避けられねェだろうな」

 きっと、あいつらは俺の前に立ち塞がるだろう。そして俺は、そいつらを斬らなければならない。
 感情は押し殺し、躊躇うことさえも許されない。世界を壊すとは、そういうことだ。
 高杉は、瞼を上げた。そして、月よりも遠い一点を、見つめる。

「覚悟はある。でも、これは許されることなのか?」

 彼の人は、それを是としてくれるだろうか?
 彼の人が守ってきたものをこの手で壊したとしても、仕方がないことだった、といつものように肩に手を置いてくれるだろうか?
 あの人のためにやることだからこそ、あの人の声が聞きたい。
 思うようにやりなさい、と、背中を押してもらいたい。まるで餓鬼だが、恥じることではないだろう?
 それほどまでに、彼の人は   大きい。

「・・・なァ、教えてくれよ、松陽先生・・・・・・・・・」

 悲痛な呟きは、しんとした夜の闇に融けていくばかりであった。


 月が、冴えている。







月冴ゆ・完




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