銀魂高校。都内でも有数の進学校、でも無いし、部活動がものすごく強い、というわけでもない。というかハッキリ言うと、評判の悪さではダントツで都内トップの高校だ。編集長はどうしてここを選んだのか。よく分からないが、とりあえず私はその外見だけは至って普通な学校の門の前に立っている。確か、着いたらインターホンを鳴らせとのことだったか。
『はい、どちらさまでしょうか』
「あ、大江戸出版のと申します。取材にお伺いしたんですが・・・」
『ああ、お待ちしておりました。只今バリバリバリアーを解除しますので、少々お待ち下さいませ』
「あ、はい」
バリバリ、なに?普通に門開けるって言えばいいじゃん。もしかしてギャグのつもりだったのかな・・・愛想笑いくらいしておくべきだったか。しまったと頭を抱えていると、門がゆっくりと開いた。
『お待たせ致しました。お入り下さいませ』
見えるはずもないが、一応会釈してから足を進めた。正面の昇降口に人が立っているのが見える。案内役の人かもしれないと、少し歩を速めた。途中、何かぐにゃっとした棒状のものを踏んづけたが、構っている場合ではなかった。

  この度は取材をご承諾頂き、ありがとうございます。大江戸出版のと申します」
「いやいや、苦しゅうないぞ・・・じゃなくて。お役に立てて光栄ですぞ。余は校長のハタじゃ」
「あ、そうでしたか!わざわざお出迎えありがとうございます」
てっきり事務の人かと思ってた・・・。私は目の前に立つ小柄な男を観察した。平安貴族のような顔立ち、というのがベストな喩えだろうか。髪の毛はだいぶキテるな・・・言うなれば課長クラスだ。中間管理職のストレスはきっと想像を絶するものなんだろうな。いや待て、この人は校長だ。
広く開いたおでこを眺めていると、中央に何かおかしな傷があるのに気づいた。あんな不自然なの、幼稚園児くらいしか作ってこないんじゃないか?顔から転んだとか、そういう感じ。
「何じゃ?余の顔に何かついておるかの」
「いえ・・・・・・あの、額、どうかなさったんですか?傷が・・・」
「ああ、これはのー・・・さっきペットにちぎられたんじゃ」
ハタ校長は、その穴が開いたような傷の周りを触りながら、悲しそうな顔をした。
「ちぎられたって、何を?」
「余のチャームポイントじゃ」
おでこにピアスでもしてたのだろうか?世の中にはいろんな人がいるものだ。そういう特集を組んでみても面白いかもしれない。そんな事を考えながら、先に歩き出した校長先生の後をゆっくりと歩いた。

*

「ここじゃ。入るぞ、坂田くん」
校長先生がノックをすると、中からどうぞという声が聞こえた。間延びした声の感じから、温厚な中年の教師を想像する。優しくて生徒に慕われているといった感じか?学校のイメージアップにはもってこいの人選だな。感心していると、中から引き戸が開いた。
「入るぞ、って言ったんなら自分でドア開けて入ってきて下さいよ係長」
「余はエラいからそんなことはせんのじゃ。・・・ていうかそのボケいつまで引っ張るの?校長だからね、校長」
「へーへー分かりましたよ村長」
「校長より偉いはずなのに、軽視された気分になるのはなんでだろうね」
中から姿を現したのは、二十代半ば程の白衣を着た男だった。頭は見事な白髪で、そこそこ整った顔立ちをしている。女子生徒に好かれそうなビジュアルだ。眼鏡をかけていて、少し崩した服装もポイント高い。坂田先生は私をちらりと見ると、驚いたように目を丸くした。
「ちょ、いくらコスプレすきだからって生徒にやらせんのはどうかと思いますよ」
「誰がコスプレ好きじゃ!いや、確かに好きだけどね。・・・ってそうじゃなくて!今日取材があると言っておいたじゃろうが!」
「ああ、アレってホントだったんすか。ほら、アンタって嘘ばっかつくから」
「失礼な!そんなこと・・・あるか。まあとにかくそういうことじゃ。真面目に取材受けるんじゃぞ!頼むから」
「わーってますよ」
んじゃどうぞお姉さん、と言い残して、坂田先生は部屋の奥へと消えていった。校長に挨拶すると、私も慌てて後を追った。


   私、大江戸出版のと申します。この度は取材にご協力頂き、ありがとうございます」
「ご丁寧にどーも。坂田です。名刺ないけど許してね」
私が差し出した名刺を物珍しそうに眺めた後、坂田先生はそれを引き出しに無造作にしまった。
「いえ、お気になさらず。それでは早速取材に移らせて頂きますね。まず初めに坂田先生の担当は国語、で間違いありませんか?」
「よく分かりましたね。もしかして俺の隠れファンとか?」
「いえ、そういうわけじゃ」
これだけ国語関連の書籍があるのだ、誰だって感づくだろう。確認はしてこなかったが、多分ここは国語科準備室だ。恐らく生徒が質問に来たときに使用しているんであろうソファーに腰掛けて、緩やかに取材は続いていく。
「教師になったきっかけを教えて下さい」
「そんな大した理由は無いんですがね。まーアレですよ、ジャンプを堂々と読んでても問題ない職業だったからっていうか」
「・・・と、言いますと?」
「生徒との話題作りには欠かせない、とか言っとけば逆に感心されるんすよ。こっちは趣味で読んでんのに」
言いながら、坂田先生は机に置いてあった煙草に火をつけた。校内で堂々と吸ったりして、問題にはならないのだろうか?確かに今、この場に生徒はいないけど。
「こちらの高校は、校内での喫煙を許可されてるんですね」
「まさか」
「え?じゃあどうして・・・」
「レロレロキャンディですから、コレ」
「・・・・・・」
どうやら、この男は相当の曲者らしい。早い段階で気づけてよかった。ここからはもう余計なことは言わずに、さっさと取材を終わらせよう。
「坂田先生は、担任を持ってらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ。3年Z組です」
「3年生ですか。進路指導、大変でしょう」
「そりゃあもう。バカばっかりですからね」
「私は違うネ!」
ガラッと開いたドアに驚いて振り向くと、赤毛の髪が一際目を引く、瓶底眼鏡をかけた女の子が立っていた。私は、と言ったことからすると、3年Z組の生徒だろうか。
「神楽、ドアはちゃんとノックしろー。それと、うちのクラスがバカって言われてる元凶はお前だから」
「そうでィ。平均点どんだけ下げたら気が済むんだバカ女」
「あらま、沖田くんもいたの」
続いて現れたのは、甘いマスクに栗色の髪、いわゆる美少年だった。先程の女の子と仲が悪いのだろうか、ギャーギャーと言い争いをしている。
「テメーらうるせーぞ!・・・すいませんねなんか」
「いえ・・・。元気な生徒さんですね」
「バカなだけですよ」
大きくため息をつくと、坂田先生は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。ゆっくりと立ち上がって歩き出すと、いつの間にか力のバトルを繰り広げだした生徒さん2人の頭をがしっと掴んだ。
「何するネ銀ちゃんせんせー!」
「決闘に手出しするなんざ野暮でさァ」
「そんなに戦いたきゃ外でやれ。大体何でお前らいんの?」
「今日、シューマイが来るって聞いたアル」
「それちょっと無理あるんじゃね?取材だよ、取材」
「シューマッハ?」
「沖田くん、さすがにそれは」
・・・・・・コレが普段の会話なのだろうか?バカじゃない、絶対この子たちバカじゃないよ。軽く頭痛を覚えて頭を抱えていると、話が終わったのかドアを閉め、先生が戻ってきた。
「すいませんねーお待たせして」
「いえ、お邪魔してるのはこちらですので・・・・・・取材を続けても?」
「どーぞ」
言いながらまた、煙草に火をつける。初めこそ信じられなかったが、今となってはストレスからくるものかと同情さえしてしまう。私は、ゆっくりと紫煙を吐き出す坂田先生を見た。そういえば、さっきから一度も煙がこっちにきてないな。気を使ってくれているのだろうか。最低限のマナーとは言えども、自然にこういうこと出来る人ってなかなかいないんだよな・・・・・・私の職場なんて特に。
「仕事で大変だと思うのはどんな時ですか?」
「そりゃーアレ、休日出勤でしょ。面倒っつったほうが正しいか」
「それは具体的には部活動ですか?それとも行事?」
「アレですよ、文化祭。あんな面倒なもん何でやるかね。どーせ浮かれた男子共が悲しい思い味わうだけのくっだらない行事だってのに」
先生は不機嫌そうに眉根を寄せた。何か苦い思い出でもあるのかもしれないが、あえて追及はしないことにした。人には触れられたくないことが一つや二つあるものだ。特に中学高校時代は・・・・・・。自分の過去を振り返ってしまったことを、私は少し後悔した。
「それでは逆に、楽しいと思うのはどんな時ですか?」
「楽しいとき、ねェ」
坂田先生は、答えを探すように宙を眺めながら、ソファーにもたれかかった。白衣から覗いたワイシャツが、チョークの粉で少し白くなっている。よく見れば皺になっているし、ネクタイだって曲がっている。教師とはこういうものだ、と言われてしまったら言い返す術など無いが、もうちょっと身だしなみに気を使ってもいいんじゃないかとは思う。だって多分・・・・・・この人、顔のパーツは整ってる。
灰を落とすために前に屈んだ彼の動きで、私は我に返った。オイオイ、ここしばらく独り身だからってがっつくなよ自分・・・・・・。いつもオッサンの相手しかしてないから、心躍るのも分からなくもないけども。
やけに客観的に自分自身を眺めていると、坂田先生は小さく、やっぱ、アレですね。と呟いた。
「何ですか?」
「生徒と会話してる時。ありきたりですいませんけど」
「・・・!あ、いえ、そんなことないですよ」
確かに一般的にはありきたりだとみなす回答だ。ただしそれはあくまで相手が一般とみなされる人間の場合に当てはまる認識であって、この場合は適応されない。坂田先生は極めて特異的な存在であるから、つまり・・・・・・
つまり、平たく言えば、「やっとマトモなこと言ったな!」ということが言いたかったのである。オブラートで何十にも包んで言うと、ああいった返答になるのだ。
・・・無駄な考察をしてしまった。とにかく、それくらい驚いたのだ。
「その理由は?」
「そりゃまぁ…アイツら真面目にバカなんで、発する言葉が面白いんですよ。まーバカすぎて相手すんのが面倒な時もあるけど・・・アレ、ほとんどそうか」
国語教師ならではの返答に、私は少し感心した。やはり学問を教えるものとしての着眼点があるんだな。・・・あ、今の本文に入れよう。久々にいい言葉浮かんだわ。
彼の言葉の後半は聞かなかったことにしようと心に決めて、録音機器を停止させる。最後の挨拶をしようと顔を上げると、坂田先生はもう一度口を開いた。
「・・・でもまーやっぱね、親心に近いもんがあるっつーか」
「・・・え?」
「結局は可愛いんですよね。どんなにバカやったって、見捨てようとは思わねーし。責任ってのもありますけど」
「・・・はあ」
「とりあえず、アイツらが楽しく過ごせるんだったら、俺は何でもしてやるってことですよ」
至って普通に、何でもないことのように放たれたその言葉に、私の心臓はドキンと音を立てた。やる気の無い瞳の奥にこんな強い感情を隠していたとは。何か返答しなくてはと言葉を探すが、動転した頭では何も思いつくはずも無い。苦し紛れに放った言葉は、どう考えたって的外れなものだった。
「た、頼りにされてるんですね!」
どうやったらこういう返しになるんだ・・・。様子を窺うように坂田先生を盗み見ると、思ったとおり怪訝な表情を浮かべていた。
「まさか。ナメられてるだけですよ。アイツらは上下関係ってもんを全く分かっちゃいねーんです」
何も言わずに話を合わせてくれた先生に感謝しながら、そんなことないですよと首を振った。絶対そんなことはない。推測でしかないけど、でもそんな気がする。
「以上で質問は終わりです。ご協力、あ」
「先生!ちょ、大変なんです!すぐ来て下さい!!」
「・・・あー?今度は新八くん?どーしたの」
勢いよくドアを開けた新八くんという少年は、とても慌てているようで脇目も振らず坂田先生の元へ行き、用件をまくし立てた。固有名詞がたくさん出てきてよく分からなかったが、とりあえずクラスで何かがあったらしい。
「とにかく早く!このままじゃ校舎が壊れちゃいますよ!」
「・・・あのさー新八くん。今先生お客さんとお話中なんだけど」
「え?・・・あ!すいません気がつかなくて・・・!」
「いえ、いいんですよ。ちょうど終わったところですし。先生、今日はありがとうございました。早く行ってあげて下さい」
「・・・・・・ったく、しゃーねーな・・・・・・すいませんね、終始バタバタしてて」
坂田先生は煙草を消して、頭を掻きながら立ち上がった。
「それじゃあお姉さん、お気をつけて。オイ新八、ちゃんと門のとこまで送っとけよ」
「何で僕が!」
新八くんの抗議には耳もくれず、先生は部屋を出て行ってしまった。あーもう、と不満を露にしている彼の背中に声をかける。
「あの、道順分かるし、案内してもらわなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、そういうわけにはいかないです」
私が支度を終えたのを確認すると、彼はにっこり笑って歩き出した。


「いい先生ですね、坂田先生って」
並んで廊下を歩きながら、俄かに私が訪ねると、新八くんは驚いたように目を丸くした。
「あの人がですか!?うーん・・・・・・」
考え込むように2、3度首を捻ると、彼は困ったように眉を下げた。
「まあ・・・・・・いつもはやる気ないけど、いざというときには頼りになるし・・・・・・そうかもしれないです」
言い終わった後、彼は笑っていた。ああ、やっぱり私の勘は当たっていた。とてもいい信頼関係が築けているじゃないか。気がつくと、つられるように私も笑顔になっていた。



門を出たところで偶然ちょうどよく拾えたタクシーの中で、私は次の取材の資料を確認していた。録音機器の設定をしていると、ふと思い出す。そういえば、最後の名言が録れてないじゃないか。しくじったと頭を抱えながらも、不思議と焦りは覚えなかった。その言葉は思いのほか私の心に焼き付いていたのだ。ペンを取ると、それは容易に書き表すことが出来た。
「・・・アイツらが楽しく過ごせるんだったら、俺は何でもしてやる、か・・・」
似たような言葉は、今までの取材で何度も聞いた。でもこれだけがやけに響くのは、きっと彼が心から言った言葉だからなのだろう。嘘偽り無く、本気で。
「素敵な人だったなー・・・って、コレ仕事だから。仕事」
私にはこの後3つもアポがある。浮かれてる場合じゃないんだ。
必死でそう言い聞かせると、私は再び、資料に目を落とした。





2008/06/25


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