……おや。 こりゃ珍しい。 一応確認するが、あんたァ客で間違いないかい?いやなに、普段はからっきし客の入りが無いもんだから。あんたはそうだね……三年ぶりの客ってとこか。まァそんな儲かる商売でもねェし、所詮は道楽だしってんで、閑古鳥が鳴いてようがお構いなしでね。 え?なんの店かって?あんた知らないで入ってきたの。好奇心旺盛ってか怖いもの知らずってか……いや、恐ろしい店ってわけじゃあねェが。かといって愉快な店ってわけでもないよ。 うちは、これを扱っていてね。そう、本。世間様に通じるように言うなら貸し本屋かね。まあ御代を取っちゃいねェから、ちいとばかし違うが……なに、図書館?聞いたことがねェな。あんたンとこでは貸し本屋をそう呼ぶのか?……ちょっと、違う?なんだそりゃ、わけがわからねェ。 まァ、とにかくだ。うちは貸し本屋だが、御代は拝借しねェ。貸し出し期限ってのも特に無いよ。何しろ三年ぶりの客だ。それに次は無いかもしれないしねェ。で、借りてくの?……あ、そう。あんたも物好きだね。 本は後ろのあの棚、そう、あんたの右手側の先の……見えるかい?そこから好きなの持ってきな。……なんだい変な顔して。本が無い?馬鹿言ってんじゃ……あれ、本当だ。いつもあそこに……あァ、そういや売っちまったんだったかねェ。どこぞのお偉いさんがなんやかんや言って全部持っていきやがって……なんでも貴重な本だったらしくてね。俺ァ全然知らなかったんだけど。 さ、そういうわけだ。すまないがもう帰ってくれるかい。商売道具が無いんじゃどうしようもないからね。……え、これかい?こいつは駄目だ。確かに商売道具には違いねェが、以前貸した客の扱いがそりゃあもうひどくてね、背ンとこの糊が駄目になっちまってんだ。……そ、ここがね。 俺も商人だ。半端もんは出せねェよ。……いや、駄目だ。……どうしてもだ。 ……なんでそんなにこの本に執着するかねェ、あんたは。わかったよ、貸してやらァ。ただし、ページが抜けてたり読みにくかったりするかもしれねェからな。 なに、ここで読んでく?俺ァかまわねェが……つくづく変なお人だね。そこの机と椅子を使いな。陽光もちいとは入るし、こっちよかいくらか読みやすいだろう。 俺ァここにいるから、なんかあったら声かけてくれ。 そんじゃまァ、楽しんで。 |