すると、今朝持ってきたはずの内職用の漫画が、無い。教科書に挟んだままだったかと探してみるが、どこにも見当たらない。どうしたんだったかな・・・。私はおでこに手を当てて、記憶を辿った。

「・・・ああ、そっか!貸したの忘れてた」

 思い出すと同時に、私は立ち上がった。そしてほとんど同時に時計を見る。アイツ、もう帰っちゃったかな・・・だとするとすっごくやばいんだけど!

「もー、放課後までに返してって言ったのに!」

    実は、貸した漫画は姉のなのだ。つまり今日持って帰らないと、いろいろとまずい。
 私は教室を飛び出すと、わき目も振らずに駈け出した。





「阿部!」
「ん?ああ、か。何だよ大声出して」
「・・・漫画・・・返して!」
「漫画?・・・あ、そっか悪い、忘れてた」

 意外にも、阿部はクラスメイトとお喋りをしていた。野球部以外に友達いなさそうだと思ってたのにな・・・。漫画を受け取りながら、私はびっくりしてしまった。

「面白かった。ありがとな」
「どーいたしまして。っていうか阿部って漫画読むんだ」
「はあ?」

 阿部の眉間にしわが寄った。私は慣れてるからどうってことないけど、三橋とかが見たら怖いんだろうな、この顔。内心で三橋を応援しつつ、私は漫画を鞄にしまった。

「だって、野球以外に興味無いのかと思ってたから」
「・・・あのさ、俺普通の高校生なんだけど?」
「普通?うっそー!」
「・・・・・・」
「冗談だって、冗談」

 笑いながら誤魔化すと、阿部は深い深いため息をついた。やばい、調子に乗りすぎたか。そろそろ雷が落ちちゃうだろうかと身構えていると、息を吐き終えた彼は意外にも笑顔を浮かべた。

「じゃあ試しに、一緒に帰ってみる?そしたらきっと、俺が普通だって分かんぜ」
「・・・え、何それ」
「百聞は一見にしかずっつーだろ。んじゃ、帰るか」
「えっちょっと待って待って!」

 私の言葉は完全無視で、阿部は立ち上がった。そしてクラスメイトに挨拶をすると、すたすたと歩いていってしまう。ど、どうしよう!私は焦って何も考えられなくなった。自分がまいた種とは言え、これはさすがに怖すぎる。帰り道で一体どんな説教をされるのだろう。

「阿部、ホント待って!私が悪かったよ!」
「何ゴチャゴチャ言ってんだ?さっさと来いよ、
「ギャー!」

 何という文字通りの殺し文句だろう。私は全身に嫌な汗が噴き出るのを感じながら、満面の笑みを浮かべている彼のことを、名前は本当にやめて・・・!と力なく呟きつつ追いかけることしか出来なかった。







【おおきく振りかぶって】阿部隆也END


2010/05/05