「・・・ん?」

 下駄箱まできたところで、私は首を傾げた。私の靴箱に何か・・・見慣れないものが入っている。これ何だろう・・・?
 私はその『何か』を恐る恐る手に取った。

「・・・これは・・・木、かな?」

 例え話でも何でもなく、私の下駄箱には木が入っていた。正確に言うと、牛乳パックの縦を少し縮めたくらいの大きさの木である。

「何で、木が入ってるんだろう・・・?」

 今日美術があったわけでもないし、こういうのを使う部活に入っているわけでもない。全く心当たりのないこの不思議な物体に、私はただ首を傾げるしかなかった。

「捨てていいのかな、これ」
「あ!」

 突然背後から聞こえた声にびくっとして振り向くと、同じクラスの三橋が立っていた。走ってきたのだろうか、少し息が上がっている。

「三橋、どうしたの?」
「あ、あの・・・そ、れ」

 遠慮がちに彼が指をさす。方向を辿った感じだと、どうやらこの木に何かあるようだ。

「この木がどうかしたの?」
「そ、それ、俺、の!」
「あ、三橋のだったんだー」
「ご、ごめん、ね。置くとこ、間違えた!」

 私が木を差し出すと、三橋はほっとしたようにそれを鞄の中に入れた。そんなに大事なものなのかな。私にはただの木にしか見えなかったんだけど。

「それってさ、何に使うの?」

 満足げな三橋に問いかけてみる。いつもだったらなかなか答えが返ってこないのだが、今回は何故だか目をキラキラさせながら、すぐに話しだした。

「そ、それは、バランスの」
「バランス?」
「えと、あの・・・球速、アップ、だよ!」
「あ、部活のなんだ」
「う、うん!」

 具体的に何に使うのかはよく分からなかったけど、どっちにしろ野球に詳しくない私が追及しても結果は同じだろう。私は相槌を打ちながら、やっぱり三橋は野球が大好きなんだな、と思った。

「そういや三橋、何か急いでたみたいだけど、ここで話してて大丈夫?」
「あ!」

 三橋は、ゲームだったら間違いなく、頭上に!マークが並んでいるような顔で飛び上がった。 きっと誰かを待たせていたんだろう。この様子だと栄口あたりかな?
 もしそれが阿部とかだったら、めちゃめちゃ挙動不審になったんだろうなあ、なんて思ったらおかしくなってしまって、私は三橋の前にも関わらず吹き出してしまった。

「あれ、さん、どした、の?」
「いや、何でもないよ大丈夫。それより早く行った方がいいんじゃない?」
「う、うん、ありがと!」

 言うや否や、三橋は駈け出した。さっき入れた木の重みで揺れている鞄を見つめながら、私は何となく幸せな気分でローファーを手にした。
 






【おおきく振りかぶって】三橋廉END


2010/05/05