身体はひどく疲れているのに、脳は一向に寝付く気配がない。窓から流れ込んでくる月明かりが原因かと薄目を開けるが、生憎そんなものは存在していなかった。月さえも、今夜は雲の後ろで休んでいるのか。何と間の悪いことだろう・・・これで利用可能な口実は姿を消した。今夜は月が綺麗よ、と言えば、彼のことだから薄目くらいは開けてくれるかと思ったのに。やはり、大人しく眠りにつくほかに、術は無いのだろうか。
寝返りついでに隣を見やれば、諸悪の根元は規則正しく寝息をたてている。迷惑な人間だ、本当に。恋人がこんなに心を悩ませているのに、全く無関心で背中を向けているんだから。寝顔を盗み見てやろうかとも思ったが、命の危険を感じたのでやめた。火のないところに煙は立たない。滅多なことは、しないものだ。
晋助に気付かれぬよう、腰帯に忍ばせておいた時計を、寝具の中でこっそりと確認する。自分は高そうな懐中時計を持ち歩いているくせに、私には腕時計すら許可しないんだから頭がいかれているとしか思えない。テメェは黙って俺についてきてりゃいいんだよ。なんて、自分勝手にも程がある。その件に関しては何度ため息をついたか分からないが、今またその記録を更新したことは間違いない。時刻は十一時半を回ったところだった。


「・・・・・・しんすけ」


広い背中に小声で呼び掛ける。無駄だとは分かっていても、諦められないのだから仕方がない。革命家の恋人とは言え、一人の女だ。世間の恋人がやっているのと同じことをしたいと思って何が悪い。明日が大切な人の誕生日で、その彼が自分の近くにいるなら、日付が変わった瞬間に祝ってあげたいと思うものだろう。それを素直に伝えたら、奴はバカかテメェはと言い放って横になってしまったのだ。全く、こういう事に関してはロマンの欠片もない男だ。がっかりして私もそうしたものの、諦めきれず寝返りばかりうつ始末だ。気づけば、そのまま一時間が経過していた。そして今に至るのである。


「ねえ晋助、起きてる?」


返事の代わりに肩が上下したのは言うまでもない。不毛な質問に嫌気がさした私は、もう一度時計を確認した。もうあと三分程で日付が変わる。


「言うこと聞かなくて悪いと思ってるわ。でも私、嬉しかったの」


連日命の危険に晒されているあなたが、また一つ歳を重ねようとしている。そしてその瞬間を共にするのはきっと、私だけだ。どうして嬉しくないだろうか、愛しくないだろうか。この気持ちを伝えたいと思うことのどこがいけないのだろうか。
・・・どこもいけなくはない、と思った。たとえ明日、晋助に怒られようとも、それが何だ。どうせ起きてはいないんだし、わざわざ叩き起こそうだなんてそんな馬鹿なことも毛頭考えていない。そっと呟ければ満足なのだ。そうだ、それでいいじゃないか。
普段の私なら、晋助の言いつけに背くことなど皆無だ。その命令が全て、私を思いやっているからこそのものだと理解しているからだ。今日のそれだってそうだろう、そんなの分かっている。でも、今回は引き下がるわけにはいかない。
・・・いつの間にやら姿を見せた月の光に当てられたのかもしれない。いつになく、私の心は高揚していた。薄暗い部屋で、時計を確認する。・・・三、二、一。



「晋助、おめでとう。愛してる」



私以外の全てが寝付いた部屋は、囁く程度の声を思いの外響かせた。顔が火照るのを感じて、慌てて寝返りをうつ。視界の端に映った窓には、不完全な月が淡く光っていた。







ロマンの欠片もない
そこが魅力だというのも、否めないのだけれど







数秒後に、テメェやっぱバカだなという嘲るような声がして、私は飛び起きてしまった。
















恐れ多くも参加してきました高杉生誕祭!
企画、となるとついつい背伸びしすぎた文章に手を出す自分は中二病。
Midnight Partyさま、ありがとうございました!

2008/08/10 → 掲載 2008/09/07


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