年に一度の、愛しい人の誕生日。
暖かな光をちらつかせる引き戸を目の前に、あたしは低めの段差によいしょと腰掛けた。
騒がしい買い出し組が出払っている今、玄関にはあたしと銀ちゃんの靴がちょこんと並んでいるだけだ。

   銀ちゃん、銀ちゃん」
「あー?」
「ブーツに生魚でも入れて放置してた?なんか腐敗臭がするんだけど・・・」
「失礼だなオイィィィ!さすがに銀さんそこまで足臭くないよ!ちょっとだよ!」

銀ちゃんのブーツを右手の指先でつまんで、左手の指先は鼻に装着して振り返る。銀ちゃんは眉根を寄せながら、どすどすこっちへ歩いてきた。

「え、ていうかさ、散歩行くんじゃねーの?」
「そうだよ?」
「じゃあなんで俺のブーツ持ってんの?」
「これ履いていくからに決まってんじゃん!」
「・・・ちゃんの靴はそれじゃないよ?あっちの可愛い草履だよ?」
「知ってるよ?でも今日はこれー」

玄関の右側でブーツに足を突っ込む。予想通りぶかぶかだったそれは、足を軽く上下するとパカパカ鳴った。左側に腰かけた銀ちゃんは、怪訝そうに口を開く。

「なんのために?」
「そんなの履きたいからだよー」
「でもさ、がコレ履いちゃったら俺はなに履いてけばいいのってなんじゃん」
「あたしの履いてきなよー!アレすっごく歩きやすいんだよ」
「・・・・・・」

あたしがにっこり笑ってそれを指さすと、銀時の顔が引きつった。さすがに羞恥心というものを持ち合わせているんだ、と思って吹きだしたら、笑い事じゃねーよ、と頭にデコピンをお見舞いされた。

「とにかく銀さんはこんなの履いていかないからね」
「うわ、こんなのって言った!イラッとしたからプレゼントあげないことにする」
「ちょま!プレゼントあるの?」
「あるよ!でもあげない」

両足履き終えて立ち上がると、何だか銀ちゃんになれたみたいで嬉しくて、まじまじと足元を見つめてしまった。これを履いて出かけたり、誰かを守ったりしてるんだもんな。なんだか素敵だ。絶対言ってあげないけど。

「なー!さっきのは俺が悪かった!だからプレゼントちょうだい!」
「やだよー」

ガラッと引き戸を開けると、びっくりするほど綺麗な青空が遠くに見えた。今日の河川敷は気持ちがいいに違いない。買い出しに行ってもらってる新八くんと神楽ちゃんには悪いけど、二人で散歩出来るのが嬉しくてたまらない。

外に足を踏み出すと、からっとした風が鼻先を通り過ぎた。心地よさに目をつぶると、甘い匂いがした。近くの甘味屋さんからただよってきたのだろうか?後で行かなきゃ。そう思いながら振り返る。視線を下げるといじけた顔の銀ちゃんが目に入った。ちゃんとあたしの草履を履いてるんだから笑っちゃう。

「銀ちゃん、怒っちゃった?」
「べっつにー?銀さん大人だからこんなことくらいで怒ったりしないし?」

頬が膨らんでるよ、と言いたいのをぐっと我慢して、代わりにさっき思いついた名案を続ける。

「あのね、銀ちゃん」
「なんですかー」
「もし銀ちゃんがあたしより先に河川敷に着いたら、プレゼントあげるよ」
「あーそーですかー。・・・え、まじでか!」
「うん、まじだよ」

それを早く言えよー。とかなんとか言いながら目を輝かせるんだから、ホント心は少年のままだと思う。今日ひとつ歳を重ねたっていうのに。うん、まあ・・・そこがいいんだけど。
念入りに屈伸をして、腕のストレッチまで始めるんだから相当気合が入っているに違いない。そんな大したプレゼントじゃないのにな。喜んでくれるといいんだけど。

「言っとくけど俺手加減しないよ?大人げなくなるよ?・・・アレ、てか靴」
「それはハンデ!銀ちゃんあたしの靴履いてきてね!」
「え、ちょま!それ無理!」

踵がはみ出ている状態の足元を指さしながら、銀ちゃんが大声で抗議する。挙手したって発言権はありませんよ。お構いなしにあたしはスタート姿勢をとった。

「じゃ、よーい・・・・・・どん!」
「ちょ、!!」

あたしより2サイズくらい大きい銀ちゃんのブーツは、予想以上に走りにくかった。それでも、こんな小さなことに幸せを感じちゃったりするんだからもうどうしようもない。

「甘味屋で、なに食べようかなー」

後ろから響いてくる必死な足音を聞きながら、そんなことを考えてみたりした。











おにごっこにはブーツを履いて
(手を繋いで歩くのも捨てがたいけれど)
















さかたん掲載作品です。
これじゃあおにごっこじゃなくておいかけっこだ!しまった!
銀さんハッピーバースデイ!




2008/10/10(掲載2008/10/30)


ウインドウを閉じてお戻り下さい