今日の私は、一味違ったのだ。言ってしまえば二味も三味も違った。

いつもは下ろしている髪の毛をポニーテールに結ってみたり、スカートをいつもよりひとつ多く折ってみたり、もちろん校則に引っかからない程度の変化ではあるんだけど、それでも私は来るべきこの時に向けて念入りに準備してきたのだ。
今朝はいつもより30分も早く起きれたし、予定通り一時間目が始まる前に彼に話しかけることも出来た。あとは放課後を待つだけだとにんまりしてたら   これだ。
「・・・・・・なん、で」
さっきまであんなに快晴だった空は、瞬く間に色を変え、今となっては泣き出す始末だ。木の下にいた私は無事だったが、待ち合わせ場所を中庭に設定してしまったのは間違いだった。ここまでのルートが、落ちてくる雨粒によって断たれていくのが見える。こんなところ、誰が来たいと思うだろう?いくら誠実な彼だからと言って、「話がある」という曖昧な理由のために大雨の中わざわざやってくるとは思えない。ああ、終わった。
「こんなことなら、回りくどいことなんかしなきゃよかった・・・」
同じクラスなんだから、教室でこれ渡して、好きです!って言っちゃえばよかったんだ。彼は結構登校時間が早い方だし、誰もいない朝の教室でっていうのが今考えるとベストだったかもしれない。放課後だと何かしら予定があったりするもんな・・・。そういえば中庭に来てって伝えるのに精一杯で、返事を聞くのを忘れていた。
「来ないかな。きっと、来ないよね」
指定した時間は放課後。とはいってももう既に授業が終わってから随分経つし、望みは薄いだろう。もう帰ろうかという思いが頭をよぎるが、期待を捨て切れない足は微動だにしなかった。やっぱりもうちょっと待ってみよう。想いを伝えたいからというのもあるけど、それを抜きにしても、今日は大切な日だから。



   何分経ったのだろうか?降り出した頃と比べると、空は格段に暗さを増していて、厄介なことに風まで吹き出した。頭上の木が揺れるたびに、雫が冷たく刺さる。暑くなってきたとはいえ、長時間野風にに晒されていれば自然と身体も冷えてくるものだ。・・・もう、いい加減潮時かもしれない。
「帰る、か」
彼に、私の気持ちは通じなかったということだ。無理もない、今日までほとんど接点もないような間柄だったんだから。でもだからこそ、今日はいいきっかけになると思ったんだけどな・・・。深くため息をつきながら、足もとの鞄を持ち上げて、予報に拘わらずいつも持ち歩いていた折り畳み傘を力なく広げた。お気に入りの柄なのに、今はちっとも可愛く思えない。
「・・・面と向かって、言いたかったなー」
鞄にしまった袋を思い浮かべながら、小さくおめでとうと呟く。今日は、彼の   桂くんの、誕生日だ。

俯いたまま一歩踏み出すと、傘を打つ雨音が私の耳を支配した。落ち込んだ私を覆い隠してくれるようで、心地よくさえ感じる。大丈夫、大丈夫。明日何気なく、昨日誕生日だったんだよね?って言えばきっとすっきりする。この気持ちはプレゼントと一緒に封印しておこう。それで、大丈夫   

!」

響いた声に驚いて顔を上げると、前方から人が走ってくるのが見える。泥がはねるのもお構いなしで、一直線にこちらに向かってくる。まさか、本当に・・・。
「桂、くん」
「すまない、委員会が長引いたので遅くなってしまった・・・。待たせてしまっただろう?」
目の前に立つ桂くんは、申し訳なさそうにそう言いながら、肩で息をしている。ああ、自慢の長髪が雨でずぶ濡れだよ。さり気なく傘を彼の方に差し出すと、案外すんなり入ってくれた。自分の肩に雨が掛かっているのを感じるけれど、この際どうだっていい。
「来てくれるなんて、思わなかったよ」
「俺は、約束はちゃんと守るぞ?」
「うん、それはそうだと思うんだけど」
そんなの、ずっと見てたから、知ってるよ。少し笑いながらタオルを出そうと鞄をあさる。カサリと音がして、プレゼントの存在を思い出した。これも封印せずに済みそうだ。
「タオル、使って?」
「すまない、助かった」
わさわさと意外に男らしく髪を拭くと、彼は丁寧にタオルを畳んで、自分の鞄にしまった。洗って返すから。と微笑むことも忘れない。それは男の人なのにすごく綺麗で、心底うらやましいと思った。
「それで、どうしたんだ?こんなところに呼び出して」
「うん、あのね」
不思議そうに首を傾げる桂くんの目の前に、プレゼントを差し出した。黄緑色のビニールの袋は、鞄に入れていたせいか少し不格好だったけど、出してしまったものは仕方ない。桂くんは、状況が理解できていないのか、受け取った後もその表情を崩さずに、その包みを見つめていた。
「お誕生日、おめでとう」
「・・・ああ!知っててくれたのか」
勢いよく顔を上げた桂くんはとても嬉しそうで、こっちまで幸せな気分になってしまった。好きな人が喜んでくれるのって、やっぱり嬉しい。勇気を出してみて本当によかった。
「気に入ってもらえるか、分からないけど・・・」
「気に入らないわけが無かろう!ありがとう、
まだ中身も見ていないのにそう即答した桂くんは、今までに見たことないほどの笑顔を浮かべていた。つられて私まで笑顔になってしまう。なんか、いいな。やっぱりこの人が、好きだ。
「それと、桂くん、あの・・・・・・」
「なんだ?」
今伝えなかったら、絶対後悔する。覚悟を決めて口を開くが、声が出てこない。気を落ち着けようと彼から視線を外してみると、さっきまで水たまりに波紋を作っていた雨は、いつの間にか止んでいた。傘をずらして空を見上げると、さっきの雨が嘘のように、青空が広がっている。傘に乗っていた雫も、ほとんど姿を消していた。
「雨、上がってる」
「ん、ああ。これは暑くなるな」
眩しそうに空を見上げた桂くんの髪から、雫がぽたりと落ちた。ああ、晴れてくれてよかったな。桂くんが風邪なんか引いちゃったら大変だもん。吹いている風に、早く彼の髪を乾かして下さい。なんて、ガラにもなく心の中で祈ってみたりした。
「で、さっき何か言いかけてなかったか?」
「あ、うん。・・・あのね」
透きとおるような空のおかげで心が軽くなった私は、開いたままの傘を後ろに置いた。

「私ね、桂くんのことが・・・好きなんだ」

木漏れ日で淡く照らされたボーダー柄のそれは、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。













驚いた彼の顔がやわらぐまで、そう時間はかからなかった










一ヶ月と一日遅れましたがヅラ誕生日おめ!
この後イチャイチャしながら下校したらいいんじゃない!
2008/07/27


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