何とはなしに、図鑑を眺めていた。開いた理由も、ただそこにあったからというだけだった。はっきりしているのはそのきっかけだけ。銀さんがジャンプに夢中で、ちっともあたしに構ってくれないからだ。神楽ちゃんと新八くんは、朝早くから出掛けてしまった。
万事屋のメンバーで、好んで図鑑を買うような人など皆無だと思うんだけど、何故かこれは応接間(兼リビング)の机の真ん中を陣取っていて、何だかすごく妙だった。銀さん曰く、依頼者の忘れ物らしい。どうしてこんなものを持って相談に来たんだろうか。やっぱり、妙だった。

「銀さん大変。深海には見た目がアレな生物がいっぱいいるよ」
「そう言ってやんなって。深海ではそういうアレなんが流行ってんだよ。モテんだよ」
「まじでか。じゃあ銀さんも深海行ったら大スターかもしんない。五股も夢じゃないよ」
「どういう意味だコノヤロー。でも五股はいいかもしんない」

正直言うと、あたしは深海生物なんて全く興味なかった。元々暇つぶしのつもりで手を伸ばしただけだからまあいいんだけど、それにしてもつまらない。銀さんが一枚ページを捲るあいだに、あたしが三枚進めるような、そんなペースでひたすら眺めていた。
淡水生物のページにきたとき、意外なものを視線の端にとらえて、手が自然と止まった。


マミズクラゲ

それはそう名付けられていた。

「銀さん大変。池にクラゲがいるんだって。 剌されるかもしれないよ」
「あー?誰だよ逃がした奴。ったくよ一責任とれないなら飼うなっつの」
「んーん、野生なんだって。すごくない?あたし、クラゲは海にしかいないと思ってた」
「何言ってんだよ。キクラゲは山の中に住んでんだぞ?おま、アイツのがすごいだろ」
「銀さん、彼はキノコだよ」
「‥‥え、まじでか」

説明文を読んでみると、どうやらこのクラゲは大きく分けると淡水クラゲという種類で例外らしい。ついでに言うと人も剌さないようだ。こんなにちっさいのに攻撃をしないなんて、一体どうやって自分の身を守るのだろうか。池沼には彼の敵は存在しないのかな。ていうか毒自体は待ってるのかな。海水にたくさんいるであろう、同じような外見の仲間と離れて、心細くないのかな。少なくともこの図鑑のマミズクラゲは、外へ出ていきたそうだった。そう見えた。

「銀さん大変。このクラゲ、池じゃ狭くて息苦しいって言ってるよ」
「そりゃ水の中にいるからだろ。んなとこさっさと飛び出して、キクラゲのように自由に生きりゃいーじゃねーか」
「銀さん、だから彼はキノコだって」
「あ、そうだっけ」
「ついさっき訂正したばっかりなのに」
「でもよーたとえキクラゲがキノコだったとしても、食べたらクラゲっぽいじゃんアイツ。だから別によくね?どっかのお偉いさんが決めた分類なんて知るかコンチクショー」

そう言うと、銀さんは厠へ行ってしまった。

無茶苦茶な自説だが、一理あるなあと思う。確かに彼はキノコという位置に置かれるより、クラゲの仲間に入れてもらったほうがしっくりくるのだ。いつぞやのお偉いさんはそれがベストの選択だと思ったんだろうけど、一般人からするとクラゲって言ってもらったほうが納得しやすい。それに、水の中でしか生きられないクラゲが山にいるって、何となくいい。夢があっていい。

「例えるならば、銀さんはたんすいくらげ。桂さんはきくらげ」

あたしはきっと、いつぞやのお偉いさんだ

ぱたんと図鑑を閉じると、裏拍子はクラゲの絵だった。
きらきら輝く半透明の身体が、銀さんの髪の色みたいだった。
君はここにいたいの?それとも海に行きたい?山に行きたい?
何となく見ていられなくなって、あたしは図鑑を表にして、また机の中央に置いた。
相も変わらず、その光景は、妙だった。

まるで、それはあたしのようだと、そう、思った。






たんすい

くら



ふわふわとたよりなく あたしも あなたも








抽象的になりすぎた感。
まあ、アレだ。これが精一杯

2008/02/20


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