「蝉、でござるよ」 signe 耳を澄ましてみると、確かに蝉の声が響いていた。日常に溶け込んだその音は既に耳にも馴染んでいて、言われるまでは彼らが鳴いていることにさえ気付かなかった。そういえば夏の暑さを増長させているのは彼らの声なわけで、そんな音をいいメロディーだと褒める万斉さんの気持ちが私にはさっぱり分からなかった。 「メロディー、ですか」 「ああ。うねるような音階と、透き通るような響きがたまらない」 「はあ」 「殿だって、あの声を聞くと夏が来たと感じるだろう?」 そうですけど、と答えながら、私は足をぶらぶらさせた。暑い上に暇だから縁側に来てみたのに、先客の万斉さんはちっとも面白い話をしてくれない。また子がいればどこかに遊びに行くのになあ、と私は思った。こんな暑い日は、アイスでも食べなきゃやってられない。 「殿は夏が嫌いでござるか?」 「そういうわけでもないですけど、今日は暑いです」 「暑いのが苦手でござるか」 「そんなの、得意な人いないですよー」 頭の後ろで手を組むと、後ろに倒れ込む。言わないようにしていたのに、つい暑いとこぼしてしまったから、何だか肌がじりじりしてきたように感じた。 そっと横を盗み見るが、万斉さんは涼しい顔のままである。同じ場所にいるのにどうしてこうも違うのかと、私はうらめしく思った。 「拙者はわりと得意なのだが、さすがに今日は厳しいでござるな」 「でしょう?晋助さんとまた子はずるいです、涼しいとこ行って」 「あれは取引でござるよ。・・・にしても一理あるか」 万斉さんはふむ、とあごに手を当てて、何かを考えているようだった。 私も特に話さないから、ただ蝉の声だけが響いている。やっぱりメロディーというにはちょっと単調なんじゃないかと思った。 「 「氷ですか?あの四角い?」 「いや、かき氷でござる」 「大好きですけど・・・どうしたんですか?突然」 万斉さんの口から、かき氷なんて単語が出てくるなんて思わなかった。なんとなく、甘いものは嫌いなんだと思っていたのだ。新曲のテーマにでもするのかと思いながら起きあがってみると、万斉さんはいたずらを思いついた子供のように笑った。 「それなら、今から食べに行こうか」 「・・・え!」 願ってもいないお誘いに、私はびっくりした。鬼兵隊のナンバー2らしくない発言だってこともあるし、何よりいつも一人でいたがる万斉さんが、私を誘ってくれたことが驚きだったのだ。 「で、でも留守番は・・・」 「少しならば問題なかろう。気分転換でござるよ」 「・・・本当にいいんですか?しかも私なんかと・・・」 少し俯きながら言うと、万斉さんは苦笑した。 「・・・殿は、少々鈍感なようでござる。まだまだ道は長いか」 「え、なんですか?」 「大歓迎でござる、と言っただけでござるよ」 なんだかはぐらかされた気がしなくもない。それでも万斉さんが笑って立ち上がってしまうから、私も慌ててその後を追うしかなかった。 ニセモノ万斉で失礼しました・・・! ホント彼・・・難しいな・・・! 2010/08/13 |