うちの高校には、七不思議ではなく、あるジンクスがある。 『渡り廊下で好きな人とすれ違うと、両思いになれる』というものだ。 誰が言ったか知らないが、あたしはこれを全く信じていなかった。そんなことで両思いになれるなら、その好きな人引っ張ってきて歩かせるっつーの。そう言ったらハム子にバカじゃないのと罵られ、ひどくイラッとした。おりょうが止めてくれなかったら絶対殴ってたよ。いやむしろ出荷してたかも。 「アンタ、間違えて覚えてるよ。偶然って単語が抜けてる」 「どこに入るの?」 「すれ違うと、の前」 なるほど、それなら故意には出来ないってわけか。もうちょっと掘り下げて尋ねてみると、どうやらこれは実話に基づいたものらしい。これまでに3人が両思いになったとか。・・・いや、3人って統計取るには少なすぎるんじゃないか?それこそ偶然じゃん。すれ違ったら偶然両思いになった。こっちにしたらいいのに。 おりょうがお妙に呼ばれた。そろそろ部活の時間のようだ。2人の後ろ姿を見送った後、あたしは肘をついて窓の外を見た。ちょうど、渡り廊下が目に入る(1階の渡り廊下は、うちの教室を出てすぐのところにある)。 ここを好きな人と同時に通れる確率は、どれくらいのものなのだろうか。学年が違ったらまた変わってくるんだけど、概して言えばせいぜい2割ってとこか・・・多く見積もっても。 ただしそれは、ごく普通の男子生徒が相手だった場合に限られる。つまり、あたしにとってこの仮定は全く無駄なものに過ぎないのだ。 「たとえあたしが一日に30回あそこを通っても、絶対両思いになんかなれないんだから」 学校に来ない、来たとしても即保健室か屋上、帰宅部という不良なのかプチ引きこもりなのかよく分からないようなやつが相手では、すれ違おうにも不可能なんだからどうしようもない。 あたしはため息をつく代わりに渡り廊下を睨みつけた。こんなジンクスなんか絶対信じるもんか。だって信じてたって報われないから。 立ち上がり、鞄を肩にかける。用事も無いのにどうして教室に残ってたりしたんだろう。奴が来るとでも思ってたのか。バカじゃないの、あたし。 よく考えてみると、大体の3年はこの廊下を通るんだった。朝と帰りに一回ずつ。昇降口はこの先にあって、ここを通らないことには上履きを履き替えられないのだ(もう一つのルートもあるにはあるが、すごく遠回りになる)。 てことは、もうちょっと確率上がるかな。別に二人っきりじゃないとダメとかそういう取り決めはなかったっぽいし。 「でもまあ、どっちにしろあたしには関係ないんだけど」 自嘲気味に笑って、あたしは歩を進めた。そのジンクスを初めて聞いた当時は、きょろきょろしながら渡ったものだが、今ではそんな無駄なことをどうして毎回のようにしていたのかと疑問になるくらいだ。 きっとあの頃は、期待に胸を膨らませていた乙女だったんだろうな、と懐かしく思う。そりゃそうだ。一年前だもん。 中ほどまで来たところで、ふと、顔を上げる。視界にちらついた学ランが、あたしの心臓の動きをを二倍速にギアチェンジさせた。その副作用だろうか。足が、動かない。 「た・・・・・・たか、すぎ」 搾り出したような声は、ギリギリ届いたようだ。そいつは、ゆっくりと顔を上げた。 「・・・?何でいんだよ」 「・・・それはこっちのセリフ。授業、来なかったくせに」 「銀八がしつこすぎてシカトするほうが面倒になった」 「職員室にお呼ばれってわけ」 「いや、教室」 「教室?なんでまた」 「自分のクラスなんだからたまには来いってよ」 「なにそれ」 この状況が信じられなかった。自分が高杉と普通に喋ってることだけでも十分珍しいのに、その喋ってる場所が渡り廊下だなんて・・・。お互いがあと一歩ずつ踏み出せば、ジンクス達成だ。 「で、お前はなんでいんの」 「いや、別にこれといった理由は無いけど。気づいたら今だった」 「なんだよそれ」 高杉は呆れたように、でもおかしそうにククッと笑った。笑った顔どころか、顔を見たのさえ久々だ。やっぱり整ってるよな・・・顔。そんなことをぼーっと考えていると、突然頬がかあっとした。こんな無言で顔見つめてたらあやしいよ。何やってるんだあたしは。 「じゃ、じゃああたし帰るから!」 高杉の返事も待たずに、あたしは歩き出した。一刻も早くここから逃げ出したかった。 恥ずかしいからだけじゃない。これ以上ここにいたら、雰囲気に呑まれて、勢いで告ってしまいそうな気がしたからだ。高杉と一対一で話せるチャンスなんてもうこの先ないだろうけど、折角のこの機会を、嫌な思い出にはしたくない。ああ、そういえばあのときたわいない話して嬉しかったよなとか、そんな感じでいいんだ。 足早に廊下を渡り終えて、一息つく。こんなに緊張したのはいつ以来だ、ホントに。気を取り直して一歩踏み出したところで、後ろから声がかかった。 「なァ」 恐る恐る振り向くと、いつも通りの薄い笑みを浮かべた高杉がこっちを向いて立っていた。あっちも既に廊下を渡り終えている。 「な、に」 「お前さ、この廊下のジンクスって知ってるか」 「え」 これって、女子だけの中で知られてるものじゃなかったのか。思い返してみれば、男子もここを通る時にそわそわしていたような気がしなくもない。なんだ、意外と女々しいんだな、男子って。 「知らねェの?」 「し、知ってるけど」 「あっそ。・・・よかったな。ジンクスは成功したみたいで」 「・・・は?」 ニヤニヤしながら、何を言ってるんだ、この人は。意味が分からない。成功って、え、成功? 「それって、まさか・・・」 高杉を見ると、彼は少し笑みを深くした。てことはやっぱり、成功って・・・。 頭の中で全てがつながって、あたしは激しく動揺した。腕から力が抜けて、盛大に鞄が落ちた。混乱していて、拾う気にもならない。結論は分かってるんだけど、その途中が理解できない。なんで、なんで。 そんなあたしを見て、高杉は何やってるんだよと言いながらこっちに歩いてきて、鞄を取ってくれた。それがあまりにも自然だったので、あたしはますますわけが分からなくなった。 |