まず一つは、男女一人ずつが体育倉庫に来るっていう状況が無い。女子はそういう状況を嫌うから、大抵2対1かそれ以上の人数で、ぞろぞろと目的地を目指すことになる。これじゃあ二人っきりで閉じ込められるのは相当難しい。 そして第二に、出られないという状況にならない。鍵を閉める人は大体中に人がいないか確認するので、故意に隠れでもしない限り閉じ込められるなんてことは無いのだ。 だから私はいつも、この手のマンガを見るたび鼻で笑っていた。くどいようだが、こんなことは滅多に起こらないから。 「・・・・・・いやー、参ったな」 「・・・・・・」 ドアを叩くのにも疲れたのか、近藤くんは近くの跳び箱に腰かけた。徐々に下がってきた気温に体を震わせながら、私は別の寒気を背筋に感じていた。まさか、本当に起こるなんて。 「携帯も繋がらねえし・・・誰か通るのを待つしかないか」 ・・・まさか、本当に体育倉庫に閉じ込められるなんて。 「悪かったなー。俺がもうちょっと早く来れてたら・・・」 「いや、近藤くんが悪いんじゃないよ。むしろ部活だったのに来てくれてありがとうって感じ」 今日、体育委員である私は松平先生に雑用を頼まれていた。相方は運悪く学校を欠席していたので、代理で近藤くんが手伝ってくれることになった。剣道部の部長で忙しいんだからいいよと断ったのだが、顧問命令だからと笑顔で言われたので、私はそれ以上何も言わなかった。折角のチャンスだし、どうせなら有効に使わせてもらおうと思ったのだ(お分かりだろうが私は近藤くんのことが好きだったりする)。 「そりゃあ女の子に力仕事させるわけにはいかないからなァ」 「そういうの、お妙ちゃんに言ってあげれば好感度アップ間違いなしなのに」 「え、マジで?そうか・・・そうだよな!そういえばそうだ!」 『お妙ちゃん』という単語が出たとたん、近藤くんは今まで私に見せていたのとは全く違う、幸せそうな笑みを浮かべた。ああ、本当に好きなんだなと納得すると同時に、ちくりと胸が痛む。 二人っきりは嬉しいけど、その無防備な感じが逆に苦しい。誰か早く鍵開けてよ。 冷えた体を両手で抱いて、泣きそうになるのをぐっと堪える。近藤くんがお妙ちゃんのことしか見えてないなんて、前から分かってたことじゃないか。自分じゃ勝ち目が無いことぐらい、最初から分かってたよ。でもさ。 「ん、?どうかしたのか?」 「う、ううん、何でもないよ」 今目の前にいるのは私なんだから、私を見てよ。 「・・・あ、もしかして、寒いのか?悪かったな、気づかなくて」 俺は鈍いからなァ、と笑って、近藤くんは私の肩に学ランをかけてくれた。まだ残る近藤くんの温もりが、とてもあったかい。 「え、悪いよ。近藤くんだって寒いでしょ?」 「俺は部活あがってきたばっかりだからな。全然平気だ」 「でも」 「いいから。風邪引いたら大変だからな」 そう言うと、近藤くんはまたドアのところへ歩いていってしまった。 ドアを叩くドンドンという音が響く中で、私は大きく膨らんでしまいそうなこの気持ちを押し殺すのに必死だった。 |