「 前から数えて三番目、後ろから数えても三番目の、ちょうど教室の中央の席で、私は小さく声を上げた。 さっきまで熱心に写し取っていた板書が、実は全く無意味なものだったと聞かされて、ため息をつきつつ筆箱を開けたときのことだ。それを開けばいつも転がり落ちてくる私のある意味での相棒、消しゴムが見当たらなかったからである。 さっき、理科室で落としたのかな。実験中に机の上に置いといたのは失敗だった。今更後悔したってどうしようもないんだけど、でも、ノートに広がったこの無駄な文字群を消さないことには、次の板書を写そうにも写せないのだ。 しかもこういうときに限ってあのチャランポラン教師は、重要なことを書いては消し、書いては消し、とドS丸出しな態度で講義をするんだからたまったもんじゃない。さっきまで『平安時代にもパフェは存在していた』なんて大嘘をさも事実のように熱弁してた人と同一人物とはまるで思えない。 仕方ない、と私はシャーペンを机に転がした。どのみち今から書いたって追いつけないんだし、後でお妙ちゃんにノート借りよう。あーあ、家に帰ってから自分で見直ししなきゃなんないなぁ・・・今日は買い物に行こうと思ってたのに。 「・・・あれ、」 「・・・へ?」 左側から、小声で沖田くんが話しかけてきた。 そういえば、隣の席だったんだっけ。話すの初めてだ。 私はマヌケな声で返事をしたことが妙に恥ずかしくて、沖田くんの目が見れなかった。 「なに?」 「いや、ノート取ってないなんて珍しいと思って」 「ああ、これは・・・」 消しゴム、忘れちゃったから。ただそういえばよかっただけなんだけど、小学生の言い訳みたいでカッコ悪いと思ったのでやめた。ちょっとね。と言ってごまかすと、沖田くんはふうんと言ってまた前を向いた。 なんで、わざわざ話しかけてくれたのかな。普通の人なら気づかないぐらいのちょっとしたことなのに、沖田くんはどうして気づいてくれたんだろう。よく分からないけど、単純に嬉しいと思った。 黒板を見てみると、もう既にさっきとは全然違うことが書いてあった。でも多分コレは・・・またさっきと同様、テストとは全く関係ない話だろう。心の中で苦笑して、ノートに目を移す。すると視界にコロンと、白いかたまりが転がり込んできた。 あれ、これ・・・消しゴムだ。でも、私のじゃない。 「俺のでィ」 「・・・え?」 驚いて隣を見ると、椅子をゆらゆらさせながら、沖田くんがぶっきらぼうに言った。 「それ、貸してやらァ」 「・・・えぇ!?なんで!」 「アレ、違ったか」 「いや、そうなんだけど・・・」 な、なんで分かったんだろう、もしかして見られてたのかな、筆箱あさってるとき・・・。相当慌ててたもんな・・・ありえない動きとか、してたのかもしれない。 「んじゃついでにほら、コレも」 次に手渡されたのは、ノートだった。よく見てみると、綺麗な字で、さっきの板書の内容が書き写されている。ノートのまとめ方、上手いんだなあと見とれていると、早く取れよと面倒臭そうに沖田くんが言った。 「ご、ごめん!ありがとう。助かったよ」 「アイスでいいぜィ」 「・・・ん?」 「だから、ノート代。そうだな・・・まあダッツで勘弁してやらァ」 ・・・勘弁してやらァって仕方なさそうに言ってるけど、ちょっと待った。ダッツって、アイスの中でも高級品じゃん。まあ確かにあの綺麗さはダッツに匹敵するのかもしれないけど。 でも、優しいと思ったのは私の勘違いだったのかな。だっていつも沖田くん、ノートなんか取ってなかったはずだから。 「あ、あは・・・そうだよね。無償で提供なんて、ありえないよね」 「そりゃそうでィ。貸し1だかんな」 「・・・・・・ですよね」 |