つい最近、私は一世一代の告白をした。相手は同じクラスで野球部の花井梓くん。入学当初は外見とか身長から怖い人だと思ってたんだけど、半年経ってみて改めて花井くんのことを考えてみると、前とは全然違う気持ちになってることに気付いた。頼りがいがあって優しくてかっこいい人だなあ、近くの席になりたいなあ、もっと花井くんのこと知りたいなあなんて思っちゃって、つまり好きになってたってこと。自覚してからはいてもたってもいられなくて、思い切って3日前、気持ちを伝えてしまった。花井くんはとっても驚いてたけど、私の気持ちを受け入れてくれたのだ。やった、これからはもっとたくさん話せるし、野球部の応援に行ったり、一緒に帰ったりとかも出来るんだ、なんて思ったら嬉しくなってふわふわしちゃって、いつの間にか、今日のデートの約束までしてしまっていたみたいなのだ(スケジュール帳にはしっかりハートが書かれていた)。あの時の私ってば、本当に大胆。そして今私は、待ち合わせ場所の喫茶店で、そわそわしながら待ってるってわけ。
「あーどうしよ、緊張する・・・」
 自慢じゃないけど私は、今まで付き合った経験がない。小学校と中学校は公立校に通っていたから、メンバーは9年間ほとんど一緒だった。中学生になってかっこよくなった子もいたにはいたんだけど、小学生の頃のその子を知っているせいか、どうも好きになるとかそういう気分にはなれなかった。他に出会いを探そうとも思わなくて、ぼーっとしているうちに義務教育が終わってしまったのだ。高校でこそ!と意気込んで遠めの学校を選んでみたら大当たり、バンザイ!と言ったところなんだけど、同時に心配だったりもするんだなあ、これが。花井くん、呆れちゃうかな。最悪の状況が目に見えるようで、私は頭を抱えた。どうしよう、ていうかどうしたらいいんだろう!

「悪い、遅れた!」
 息を切らしてやってきたのは待ち焦がれていた花井くんだ。そういえば私服、初めて見るなあ。制服とおんなじくらいかっこいい・・・ううん、制服以上にかっこいいかも。
「大丈夫!急いでくれてありがとね」
「いや、そもそも俺が遅れたのが悪いんだし・・・」
頬をかきながら、花井くんは腰を下ろした。注文は待ってもらってたので、2人でメニューを開く。すっごく些細なことなんだけど、とても嬉しい。ていうか、花井くんと向き合って座ってるってだけでもう夢みたいだもん。
「花井くん、何にする?」
「俺は、コーヒーとかで別に・・・は?」
「じゃあ私は・・・アイスココアがいいな」
「甘いの好きなの?」
「うん!」
「あー、やっぱ女の子だなー」
感心したように言うと、花井くんはウエイトレスさんを呼んだ。テキパキと注文をする姿さえかっこいい。じーっと見ていると、花井くんはちらりとこっちを見て、すぐに顔を背けてしまった。
「そんなにじーっと見られると、緊張すんだけど」
「あ、ごめん!なんか正面から見ることってあんまりないからつい・・・」
「まあ、確かにそうだけど」
確かに自分が逆の立場だったら、おんなじふうに思うんだろうな。わかってはいるけど、仕方ないよ。私、花井くんのこともっと知りたいもん。花井くんはそうじゃないのかな?あんまりうきうきしてるようには見えないけど・・・。胸がズキンとして、私は俯いた。
「ごめんね、花井くん」
「なにが?」
「デートするとか、まだ早かったよね」
「え?どういう意味?」
「だって花井くんつまんなそうだし・・・」
「え!?」
 やっぱり中学で誰かと付き合っとくべきだった。雑誌とかには、デートに適したタイミングとかまでは書いてないもん。予想通り、未経験が災いしちゃったよ。涙が滲みそうになるのを、私はなんとか堪えた。
「もう、帰る?」
「ちょ、待って」
「え?」
「誰も、つまんないとか言ってないだろ?」
 びっくりして顔をあげると、困った表情の花井くんがいた。怒ってるのかと思ってたから、とりあえずほっとする。だけど事態は全く向上してないみたいだ。花井くんは飲み終えたコーヒーカップを横にずらして、肘をつき、頭をかく。困った時の癖なのかな、なんて思っていると彼は口を開いた。
「そう見えたんならごめん、謝るよ。なんつーか、どうしていいか分かんなかったっていうか・・・」
「いつも通りで、いいよ?」
「俺だってそうしたいよ!でも・・・初デートみたいなもんだし・・・私服だし、正面にいるし・・・緊張するって」
「花井くんが!?」
 またもやびっくりした。花井くんも、緊張してたんだ。私とおんなじだったんだ。よく見ると顔は真っ赤だし、汗だってかいてるみたい。こんなとこまで一緒だったなんてな。私は自分の火照った頬を意識しながら、花井くんにばれないようにちょっと笑った。
「それ、すっごくわかる」
「・・・も、そう思ってた?」
「うん、ずっと」
「なんだ、言ってよ」
 緊張の糸が切れたように、花井くんは背もたれに寄りかかった。けど何かを思い出したみたいに周りを見回すと、すぐに姿勢を正してしまった。
「どうしたの?」
「いや、なんとなくちゃんとしてないとマズイかなーと」
「あ、そっか」
 男の子って、喫茶店とか来ないよね、あんまり。もうちょっと考えて待ち合わせ場所を決めればよかったなあ。いけないとは思っても、ついしょんぼりしてしまう。そんな私を見かねたのか、花井くんが口を開いた。
「そろそろ、出るか」
「行きたいとこ、ある?」
「うーん、ないけど」
「けど・・・?」
「だらだら歩きながら、と話がしたい、かな」
「え、」
 花井くんは顔を真っ赤にしたまま、立ち上がった。つられて私も立ち上がる。花井くんが顔を背けて、頬をかいた。
「だから、ゆっくり散歩でもしよーぜって、言ってんの」
「・・・うん!」



 外はさっきより日差しが弱まっていて、散歩にはちょうどいい感じだ。夕焼けが顔のほてりを隠してくれるのもとても嬉しい。きっと花井くんもそうなんだと思う。
 まだ付き合って3日しか経ってない私たちだからまだぎこちないところはあるけど、少しずつ近づいていけばいいと思う。だからまだ今日のところは、右手と左手の30センチの距離はそのままにしておくんだ。きっともうすぐ、自然に繋げるようになるだろうから。花井くんの横顔越しに太陽を見る。眩しくて目を細めていたら、変な顔、と彼が笑った。あ、今の笑顔、すごく自然。嬉しくなって、私も笑い返した。








付き合って3日目。
そっか、こんなに幸せなものなのか









2009/08/28


戻る