「あーどうしよ、緊張する・・・」 自慢じゃないけど私は、今まで付き合った経験がない。小学校と中学校は公立校に通っていたから、メンバーは9年間ほとんど一緒だった。中学生になってかっこよくなった子もいたにはいたんだけど、小学生の頃のその子を知っているせいか、どうも好きになるとかそういう気分にはなれなかった。他に出会いを探そうとも思わなくて、ぼーっとしているうちに義務教育が終わってしまったのだ。高校でこそ!と意気込んで遠めの学校を選んでみたら大当たり、バンザイ!と言ったところなんだけど、同時に心配だったりもするんだなあ、これが。花井くん、呆れちゃうかな。最悪の状況が目に見えるようで、私は頭を抱えた。どうしよう、ていうかどうしたらいいんだろう! 「悪い、遅れた!」 息を切らしてやってきたのは待ち焦がれていた花井くんだ。そういえば私服、初めて見るなあ。制服とおんなじくらいかっこいい・・・ううん、制服以上にかっこいいかも。 「大丈夫!急いでくれてありがとね」 「いや、そもそも俺が遅れたのが悪いんだし・・・」 頬をかきながら、花井くんは腰を下ろした。注文は待ってもらってたので、2人でメニューを開く。すっごく些細なことなんだけど、とても嬉しい。ていうか、花井くんと向き合って座ってるってだけでもう夢みたいだもん。 「花井くん、何にする?」 「俺は、コーヒーとかで別に・・・は?」 「じゃあ私は・・・アイスココアがいいな」 「甘いの好きなの?」 「うん!」 「あー、やっぱ女の子だなー」 感心したように言うと、花井くんはウエイトレスさんを呼んだ。テキパキと注文をする姿さえかっこいい。じーっと見ていると、花井くんはちらりとこっちを見て、すぐに顔を背けてしまった。 「そんなにじーっと見られると、緊張すんだけど」 「あ、ごめん!なんか正面から見ることってあんまりないからつい・・・」 「まあ、確かにそうだけど」 確かに自分が逆の立場だったら、おんなじふうに思うんだろうな。わかってはいるけど、仕方ないよ。私、花井くんのこともっと知りたいもん。花井くんはそうじゃないのかな?あんまりうきうきしてるようには見えないけど・・・。胸がズキンとして、私は俯いた。 「ごめんね、花井くん」 「なにが?」 「デートするとか、まだ早かったよね」 「え?どういう意味?」 「だって花井くんつまんなそうだし・・・」 「え!?」 やっぱり中学で誰かと付き合っとくべきだった。雑誌とかには、デートに適したタイミングとかまでは書いてないもん。予想通り、未経験が災いしちゃったよ。涙が滲みそうになるのを、私はなんとか堪えた。 「もう、帰る?」 「ちょ、待って」 「え?」 「誰も、つまんないとか言ってないだろ?」 びっくりして顔をあげると、困った表情の花井くんがいた。怒ってるのかと思ってたから、とりあえずほっとする。だけど事態は全く向上してないみたいだ。花井くんは飲み終えたコーヒーカップを横にずらして、肘をつき、頭をかく。困った時の癖なのかな、なんて思っていると彼は口を開いた。 「そう見えたんならごめん、謝るよ。なんつーか、どうしていいか分かんなかったっていうか・・・」 「いつも通りで、いいよ?」 「俺だってそうしたいよ!でも・・・初デートみたいなもんだし・・・私服だし、正面にいるし・・・緊張するって」 「花井くんが!?」 またもやびっくりした。花井くんも、緊張してたんだ。私とおんなじだったんだ。よく見ると顔は真っ赤だし、汗だってかいてるみたい。こんなとこまで一緒だったなんてな。私は自分の火照った頬を意識しながら、花井くんにばれないようにちょっと笑った。 「それ、すっごくわかる」 「・・・も、そう思ってた?」 「うん、ずっと」 「なんだ、言ってよ」 緊張の糸が切れたように、花井くんは背もたれに寄りかかった。けど何かを思い出したみたいに周りを見回すと、すぐに姿勢を正してしまった。 「どうしたの?」 「いや、なんとなくちゃんとしてないとマズイかなーと」 「あ、そっか」 男の子って、喫茶店とか来ないよね、あんまり。もうちょっと考えて待ち合わせ場所を決めればよかったなあ。いけないとは思っても、ついしょんぼりしてしまう。そんな私を見かねたのか、花井くんが口を開いた。 「そろそろ、出るか」 「行きたいとこ、ある?」 「うーん、ないけど」 「けど・・・?」 「だらだら歩きながら、と話がしたい、かな」 「え、」 花井くんは顔を真っ赤にしたまま、立ち上がった。つられて私も立ち上がる。花井くんが顔を背けて、頬をかいた。 「だから、ゆっくり散歩でもしよーぜって、言ってんの」 「・・・うん!」 外はさっきより日差しが弱まっていて、散歩にはちょうどいい感じだ。夕焼けが顔のほてりを隠してくれるのもとても嬉しい。きっと花井くんもそうなんだと思う。 まだ付き合って3日しか経ってない私たちだからまだぎこちないところはあるけど、少しずつ近づいていけばいいと思う。だからまだ今日のところは、右手と左手の30センチの距離はそのままにしておくんだ。きっともうすぐ、自然に繋げるようになるだろうから。花井くんの横顔越しに太陽を見る。眩しくて目を細めていたら、変な顔、と彼が笑った。あ、今の笑顔、すごく自然。嬉しくなって、私も笑い返した。 |