うちのアジトの近くには、喫茶店がたくさんある。噂によれば雲雀さんが作らせたとか作らせなかったとかで、一般人はほとんど(というか全く)訪れることはないのだ。一体どういうシステムなのかよく分からないけど、とりあえず私たちにとって居心地のいい場所であることに間違いはない。私はその中でも、アジトから少し離れたところにある喫茶店がお気に入りだった。ソファの座り心地がたまらなくいいんだ。
「・・・今日こそは、来てくれるかな」
 私は携帯をぎゅっと握った。確かに私はこの喫茶店が大好きだけど、そんな頻繁に来れるほど暇でも無い。せいぜい一週間に一度、といったくらいだ。その月に四回しか訪れないチャンスに、私は毎回あることをしている。・・・いや、訂正する。あることをしようとしている。
「月半ばだし、時間もキリがいいし、きっと大丈夫だよ」
 自分を励ますように呟く。ひとりごとを言うのも平気なくらい、今日の店内は空いている。今日しかない、絶対今日しかないよ。私はアドレス帳を開いた。彼の名前はすぐに見つかった。深呼吸して、ゆっくりと通話ボタンを押す。大げさなようだが、それくらい緊張することなのだ。
 何をしているかはもうおわかりだろう。私は、ある人を呼び出そうとしているのだ。勿論、仕事の用事では無い。目的は、喫茶店デート、とでも言おうか。そして相手はあのメカオタク、入江正一だ。
『もしもし、?』
「あ、正ちゃん?今大丈夫?」
『平気だけど・・・どうしたの?』
 おそらく平気では無いのだろう。受話器の向こうで、ガチャガチャと忙しそうに何かをいじっている音が聞こえる。スパナの声も聞こえる。また何か作ってるのかな、と思った。
「あ、仕事中か」
『うん、さっき急に頼まれちゃって。ボンゴレは本当に人使いが荒いよ』
 正ちゃんは笑った。私もそうだね、と笑ったが、いつものように心からは笑えそうになかった。
『それで、の用事は?』
「ああ、うんとね」
 今からお茶でもどうかな。何回も頭の中で繰り返したその言葉。それさえ伝えればいいんだ。分かってるんだけど、それはとてもじゃないが出来そうになかった。仕事中かどうかなんて聞かなきゃよかったと思っても、もう遅い。
「・・・今、外出てるんだけど、何か買ってきてほしいものとか無いかと思って」
『ホントに?じゃあ飲み物とか買ってきてくれると嬉しいな。ちょうど切らしちゃってて』
「うん、分かった。少ししたら戻るよ」
『悪いね。ありがとう。それじゃ』
「うん、後で」
 私が返事をし終えるかし終えないかというところで、正ちゃんは電話を切った。無機質なプー、プーという音がやけに耳障りだ。私は携帯をテーブルに置いた。
「あー、まただめだったかぁ」
 実を言うと、電話をかけたのは今日が初めてではない。今まではことごとく繋がらなかっただけなのだ。だから今日は意地でも誘わなきゃいけなかったんだ。私は深くため息をついた。でもそんなの、絶対無理だ。だって正ちゃんの仕事の邪魔なんてしたくないし。
「来週こそ、呼び出してやるんだから」
 言い聞かせるように呟いてみたが、出来る自信がこれっぽっちもない。好きだから呼び出したいのに、好きだから呼び出せないなんて、皮肉にも程があるだろう。
 誰にあたればいいのか分からなくて、私はとりあえず、目の前にあったストローのゴミを丸めて、デコピンをしてみた。でも頭の中では、正ちゃんは何が飲みたいかな、とか考えているんだからもうどうしようもない。
「こんなに、好きなのになぁ」
 ほとんど客のいない喫茶店で呟いたその言葉は、予想以上に大きく響いた。










長すぎる導火線
もう少し、きっと、あと少しで彼に届く









2009/11/18


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