夜も更けてきた頃、私はバジルに呼び出された。普段なら任務か休養(職業柄、休めるときに休んでおけという感じらしい)で、連絡なんて取れない時間帯なのに。何かあったのだろうかと心配しながら、ガラス越しに真っ暗な外を見た。待ち合わせ場所はいつもの喫茶店だ。

殿、お待たせしてすみません」
それから少しして、バジルがやってきた。相当急いできたようで、前髪がぴょんとはねている。
「バジル、それ」
指さしてくすっと笑うと、バジルは恥ずかしそうに笑った。さっとそれを直すと、彼は私の向かいに腰を下ろした。
「遅くに呼び出したりして、すみません」
「ううん、大丈夫。どうしたの?突然」
「・・・実は、お話があるんです」
そこまで言ったところで、ウエイトレスがやってきた。この店のいいところは、とにかく仕事が早いところだ。バジルは丁寧に会釈をすると、コーヒーを受け取った。そして続ける。
「拙者は、今の仕事に誇りを持っています。この先もボンゴレのため、親方様のために精一杯努力していきたいと思っています」
「・・・うん?」
予想外の展開に、私は語尾のクエスチョンマークを回避することができなかった。何か相談事でもあるんだろうというスタンスで待っていたのが失敗だったか。私はバジルが不快に思っていないか、それだけが心配だった。そう思ったのも束の間だったのだが。
「そうやって生きていければ、拙者には勿体無いほどの人生になると思っていました。でも先日、親方様に素直になれと言われたんです」
首を少し傾げて、バジルは苦笑した。長い前髪がさらりと流れる。相変わらず可愛い顔してるな、なんて、緊張感もなくそんなことを思った。
「・・・それは、仕事に関して?」
「いいえ、プライベートに関して、だと拙者は解釈しました」
「てことは、心当たりがあるんだ」
「・・・はい」
そう言って、バジルは目を伏せた。私も同じようにするしかなかった。だってこれは・・・この感じは、恋愛相談以外の何物でもない。私の職場は女性が多いから、そういう相談にのる機会は結構ある。ただ今回は全く勝手が違うのだ。なんでって、バジルが男の子だから。相槌さえ打っておけば満足してくれる女性とはわけが違う。しかもきっとバジルの場合は事情が複雑だろうし、何て答えていいものか・・・。まだ本題に触れられたわけでもないのに、私は返答を考えあぐねていた。ともあれ、話を促さないわけにはいかない。私は、教えてもらってもいいのかな、と控えめに尋ねてみた。バジルはゆっくりと頷いた。
「大事に、思っている女性が、います」
「そう、なんだ」
「勿論、一方的にですが。相手の方は、拙者の気持ちは知りません」
視線をカップに落としたまま、バジルは続ける。
「その方は本当に素敵な方で、拙者などが思ってしまっていいのかと悩みました。気持ちを伝えるなんて、もってのほかだと。拙者の明日は、その方よりも遥かに儚い。そんな拙者が、恋などしては失礼だと、思っていました。いえ、今でも思っています」
「そんな・・・それは違うよバジル。その人が好きだって思ったんでしょ?大事なのはその気持ちじゃん。明日がどうなるかなんて誰にも分からないんだから、それを理由にして諦めるのはずるいよ」
私はカップを持った。流石に熱くなりすぎた気がしたのだ。大人げないぞ、私。どうしてこんなに必死になっているのかはよく分からないが、とにかく一旦冷静になるべきだと思った。カップに口をつけたところで、バジルは顔をあげた。
「・・・ずるい、ですか?」
「そうだよ。だってそれ、逃げてるだけ」
真面目にそう答えたのに、バジルは目を丸くしていた。私、変なこと言った?そう尋ねると、バジルは困ったように笑った。
「いえ、正論でした。だから逆に驚いてしまって」
「どういうこと?」
「日本の方は、もうちょっと・・・そう、オブラートに包んだような言い方をなさるから」
「噂の親方様はそうなの?」
バジルは少し考えた後、肩をすくめた。
「あの方も、例外でした」



 二人のカップが空になったところで、腕時計をちらりと確認する。意外に時間が経っていたことに驚いてしまった。明日も(恐らく)お互いに仕事があるが、もう帰ろう、と言う気には何となくなれなかった。バジルはというと、これまた落ち着いた様子で外なんか見ている。何か話を振るべきだろうか、そんな風に思っていると、バジルがこっちを向いた。
殿、お時間は大丈夫ですか?」
「あ、うーんと、出来ればそろそろ・・・」
「そうですよね、長々と付き合わせてしまってすみませんでした」
案外あっさりとそう言われたので、私は拍子抜けしてしまった。まあ、そうか。ただの恋愛相談にここまで時間をかけたことのほうが驚きと言えばそうなんだから。
私は上着に手をかけた。それと同時にバジルが口を開く。
「最後に、一つお伺いしたいんですが・・・」
「なに?」
手を止めてバジルを見ると、彼はやけに真剣な面持ちだ。まだ聞き残したことがあったんだろうか。私はなんとなく姿勢を正した。
殿は、拙者がただ恋愛相談をするためだけにあなたをお誘いしたと思ってらっしゃいますか?」
「・・・そうなんじゃないの?」
私が首を傾げると、バジルは小さく首を振った。
「こうやってお話しすることで、実は確かめていたんです」
「なにを?」
「・・・お分かりになりませんか?」
分かるも何も、私がついさっきまで受けていたのは普通の恋愛相談で・・・。私は話の内容を思い出してみた。バジルには好きな人がいて、気持ちを伝えていいものかどうか迷っている。それに対する私の答えは、諦めるのはずるいとかそういう感じだったはずだ。これで何を確かめたというのだろう。自分の気持ち?それとも、私の?
   そこで私は気付いてしまった。さらに追い打ちをかけるように、バジルの声が聞こえてくる。
「そして今、ようやく決心がつきました」
「・・・え、も、もしかして・・・」
バジルは一つ頷いた。そして澄んだ碧い目で私を見つめ、言った。
殿、拙者は、あなたのことが・・・」










純情バンビーノ
どうやら驚くことに、私たちは両想い、だったようだ(私も知らなかった)









2009/11/07


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