3時にいつものカフェね。そんなメールが来たのは2時50分だった。どんなに急いだって、私の家からそこまでは15分はかかる。自己中は彼の専売特許だけど、出来れば物理的に可能な範囲で発動して欲しいものだ。私はテレビを消して、ゆっくりと伸びをした。どうせ約束なんて守れやしないんだ。だったら急いだってむだだむだ。そう思いながらも、脳裏にはヤツの不機嫌な顔。ああもう。ため息をひとつ落とすと、私は家を飛び出した。



 「遅いよ」
・・・開口一番がこれだ。予想はしていたけど、いざ面と向かって言われると、やっぱりカチンとくる。私は黙って、雲雀の前に座った。
「怒ってるの?
「怒ってないよ」
「眉間にシワ」
「・・・すいません、アイスコーヒーひとつ」
通りがかったウエイトレスに笑顔でそう言った。これで眉間のシワも消えただろう。久々にしてやったぞ。内心得意になりながら、私は雲雀の方に向き直った。
「なんだっけ、シワ?」
「うん。まだあるよ」
「うそ!」
「そう。嘘」
そう言って、雲雀はホットコーヒーを啜った。私も、眉間にあててしまった手を下ろした。こんな感じで、私はいつも雲雀に負けてしまうのだ。

 「で、どうしたの?」
アイスコーヒーが氷だけになった頃、私はそう問いかけた。至極普通の質問だと思ったのだが、雲雀は怪訝な表情でこっちを見た。
「何が?」
「何がって、今日呼び出した理由」
「理由?」
「用事があって呼び出したんじゃないの?」
「別に用事なんて無いよ」
無くて当然、みたいな顔をして、雲雀はまたカップに口をつけた。すぐに顔をしかめて、コーヒーが温いことに対して文句を言う。飲むのが遅いのがいけないんじゃん。思ったけど勿論言わなかった。・・・あれ、雲雀ってこんなに遅かったっけ、コーヒー飲むの。
「用事無いのに呼び出したの?」
「そうだけど」
「なんだーもー」
ドラマの再放送を諦めてまで駆けつけることはなかったのだ。あー、気になる。結末どうなったんだろ。どうせまたやるだろうけど、何年も後っていうんじゃ全然意味ないし。私は雲雀にバレない程度に頬を膨らますと、手元のストローの袋をいじくった。
「仕方ないじゃない、突然に会いたくなったんだから」
きっとヒロインが姿を消して、あのイケメンが探しに行くんだ。なんて考えていた私の脳は思考を停止した。ちらりと雲雀の様子を窺うが、特に変化はない。もしかして誰か別の人が言ったのか。だが声が届きそうな範囲の席は全て空いている。じゃあやっぱり雲雀なの?もう一度ちらりと見ると、またもや怪訝な顔の彼と目があった。
「何きょろきょろしてるの」
「雲雀が言ったの?」
「何の話?」
「さっきの『突然会いたくなった』って雲雀言った?」
「言ったけど」
「言ったの!?雲雀が!?」
「そう。悪い?」
「悪く、ない」
悪くはない、けど!私は自分の顔が赤くなってるのを確信しながら俯いた。突然そんなこと言うなんて悪趣味だ。しかも雲雀のことだから、無意識で言ってるに違いない。もっとロマンチックなムードの時に言ってよばか。私は勇気を振りしぼって、机の下で雲雀の足を蹴った。
「なに」
「なんでもない」
「そう」
大して気にしていないような様子で、雲雀は冷めたコーヒーを飲み干した。・・・いつもだったら、もっと早く飲み終わるじゃん。いつもだったら、些細なことでもすぐ怒るじゃん。それが何で、今日に限って。私は胸が切なくなるのを感じた。そんなに私に会いたかったの?あの雲雀が。確かに最近忙しくて、あんまり会えてなかったけど。
「飲み終わっちゃったね」
「そうだね」
「もう出なくちゃ」
「用事でもあるの?」
だらだらと家でテレビを見ていた私に、用事なんてあるわけない。それでも私はうんと答えた。そう言えば雲雀が寂しげに返事をするだろうと思ったからだ。きまぐれで自己中な彼への小さな仕返し、とでも言おうか。そして目の前の王様は、へえ、と呟いて目を伏せた。   念願の、初勝利だ。
「だから早く出ようよ、雲雀」
「随分と急ぎの用事だね」
「当たり前じゃん!遊園地行くんだから」
「誰と?」
「雲雀とだよ?」
雲雀は意味が分からないと言った様子で目を見開いた。そりゃ、予告も約束もしてないもん、びっくりするよ。それに、生まれてこの方遊園地に行こうと誘われたことだってないだろうし。咬み殺されるかな、なんて思いながら待っていると、雲雀は案外普通に承諾した。しかも、不敵な笑み付きで。珍しいこともあるもんだ。今度は私が惚ける羽目になった。
「何してんの、行くよ」
見れば雲雀はもう席を立っている。遊園地を新しい獲物かなんかと勘違いしてないといいけど。どうか何も起きませんように。密かに祈りながら、私は雲雀の背中を追った。









きまぐれ
こういう日が、もうちょっと増えてくれたら言うことないんだけど









2009/08/28


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