案の定だ、なんて思いながら、私は店内奥の席に腰かけた。アイツが来てたらすぐ分かるもんな。長身だから人より座高高めだし、もじゃもじゃだし。もとより、アイツが先に来ているなんて絶対にありえないんだけど。あの遅刻魔め、今度サングラス踏んでやる。
 別に、急に仕事が入ってドタキャン、みたいなのなら怒ったりはしないのだ。ついでに言うと、仕事が長引いて遅刻、っていうのも許せる。私が怒ってるのは、アイツが何もないのに遅刻ばっかりしているからなのだ。しかも、何の連絡もなしに。もしかしたら辰馬のことだから、原因が仕事だったとしてもそれを隠してるだけなのかもしれないけれど、だからといって連絡が出来ないなんてことはないだろう。まあそういう理由で、私はただひたすら、辰馬が来るのを待たなければいけないのだ。そんな生活を続けて二年、よく耐えたもんだなあ、なんてしみじみ思ってしまった。相槌を打つように、目の前のアイスコーヒーのグラスから水滴が落ちた。さて、今日はどれくらい待たされるのか。とりあえず、本でも読んでおいたほうが無難だろう。私は、読みかけの文庫を開いて、ソファにもたれかかった。



   すまんのー、。遅れたぜよ」
 ゆっくりと顔をあげると、そこには申し訳なさそうな顔をした辰馬が立っていた。続いて腕時計を確認する。今日は割と遅かったようだ。私は辰馬に、向かいに座るように促した。
「いつものことじゃない」
「げにまっこと、その通りじゃ」
 最近は、この反省する気なんか微塵もなさそうな笑顔にも、腹が立たなくなってきた。ここまで清々しいと、逆にこだわったら負けな気がしてくるのだ。私はしおりをはさんで、文庫を閉じた。アイスコーヒーの氷は、もうだいぶ溶けてしまっている。
「注文は?」
「そのうちとりに来るじゃろ」
「あっちで頼んでくるシステムだけど」
「ん、そーだったか?」
 ・・・誤解のないように言っておくが、ここは私たちの行きつけの喫茶店だ。システムを知らないなんてこと、ありえないはずなんだけど。辰馬は忘れっぽいタチだけど、今のもそれが原因なら病院に行ったほうがいいんじゃないだろうか。なんて、怪訝な表情をしたまま考えた。辰馬は相変わらずにこにこしている。傍から見たらとっても怪しい二人なんじゃないか、この状況。
「行ってきてもいいよ?」
「んー、後でいいぜよ」
「もしかして、どっか移動したいとか?」
「いやいや」
 なんだかおかしい。私はアイスコーヒーを啜りながら、辰馬をじっと見た。笑顔自体はいつも通りなんだけど、受け答えにどうも違和感がある。もしかして、今目の前にいるのって、辰馬のそっくりさんとかなのか?だとしたらさっきのアレにも説明がつく。忘れてたんじゃなくて、知らなかったんだ。でもそうだとしたら何が目的で、この人はここにいるんだ。辰馬が替え玉を送り込むメリットが分からないし・・・。
 そこまで考えて、私はため息をついた。そんなこと、あるわけないって。私の脳内はまだ、さっき読んでいた推理小説モードだったらしい。そんなに難しく考えなくても、辰馬がおかしい原因なんて明白じゃないか。ヤツは・・・何か隠し事をしている。
「辰馬」
「ん?」
「何隠してるの?」
 辰馬の顔がぴくりと動いた。ビンゴだ。伊達に二年間一緒にいるわけじゃないんだからね。と追い打ちをかけると、辰馬は参ったのーなんて言いながら困ったように笑った。この様子だと浮気とか、そういうマイナス方面の隠し事じゃなさそうなんだけど。どきどきしながら、私は辰馬の答えを待った。
「何でバレたんじゃろ」
 言いながら、辰馬はごそごそとポケットを漁る。少しして私の目の前に現れたのは、小さな箱だった。隠しているのが『もの』だとは予想もしていなかった私は、びっくりして辰馬をまじまじと見つめてしまった。
「これ・・・なに?」
「開けてみい」
「いいの?」
「かまんよ。中身の想像はついてるじゃろーし」
 辰馬はがしがしと頭をかいて、笑った。私も苦笑した。お互いに隠し事は出来ないようだ。私は、箱に手を掛けた。ゆっくりとそれを開いていく。光るものが、少し、見えた。
「遅くなってすまんかった、。今更じゃが、受け取ってくれるか?」









スロースタート
これが今日の遅刻の理由なら、許してあげるしかない









2009/11/12


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