私はただ、隆也が飲んでいるコーヒーをちょっと貰いたいと思っただけだったのだ。私の注文したココアは予想以上に甘くて、小休止のつもりでお願いしてみたのに。隆也の分からずやは今に始まったことじゃないけど、さすがに今回のは理不尽すぎる。私は隆也の眼力に負けないように頑張って、彼を睨んだ。 「なんで!」 「もう残り少ないし」 「うそつけー」 半ば当てずっぽうに言ったのだが、隆也は言い返してこなかった。カップをそっと覗いてみると、まだコーヒーはなみなみ入っていた。 「そんなにいや?うそつくほど?」 「別に今のは、条件反射っていうか」 隆也は目をそらして、カップに手を掛けた。そんなしょぼいガードなんかに負けるもんか。と意気込んで手を伸ばしてみたが、予想以上にそれは強固だった。諦めて両手を膝に置く。なんだか隆也のペットにでもなった気分だった。 見かねたのか、隆也が口を開いた。 「新しいの頼んでくれば」 「そんなにいらないもん」 「じゃあ我慢しなよ」 「だから、ちょうだいって」 じっと目を見つめながら言うと、隆也もとうとう観念したのか、深くため息をついた。そして 、ソーサーごとコーヒーをこっちに押しやってくる。同時に一言、 「そっち側から飲めよ」 「そっち側?」 「だから、ここらへんってこと。俺こっちから飲んだし」 隆也は喋るのに合わせて、指を動かした。隆也が口をつけたちょうど反対側くらいの場所から飲めということらしい。 もしかして、と思って、私は隆也を指さした。 「 「・・・・・・は?」 「隆也のくせに可愛いなあ」 「うるせーな、いいからさっさと飲めば」 「はいはーい」 にやにやしながらカップを口に近付けていく。コーヒーのいい香りが鼻をくすぐった。すぐにでも流しこんでしまいたいところだが、生憎私は猫舌である。ぐっとこらえて、ふうふうとコーヒーを冷ます。カップのむこうに隆也がいるのが見えた。天下の捕手様が間接キスを意識して赤くなってるなんて、誰が想像するだろう。弱みを握ったような優越感に笑いそうになるのをこらえながら、私は冷ますのをやめた。 「それじゃ、いただきます」 「どーぞ」 隆也が変なこと言うからだ、と思った。隆也があんなこと言わなければ、カップの反対側の淵なんて、絶対気にしなかったのに。 「どうしたの、」 ハッと気づくと、カップを持ち上げたまま固まっている私に、隆也が尋ねていた。なんでもないよ、と早口で言ってもう一度カップを見るが、やっぱりだめだ。 「飲まないなら返してくんない?」 「飲むよ!でもちょっと待って」 「なんで?」 「あ、熱いから!」 カンッと音をたててカップを置く。下を向いてはいるが、隆也がにやにやしているだろうことは容易に想像できる。かなり悔しい。 何か言われる前にと、私は口を開いた。 「ほんとに、熱かったんだよ」 「そりゃ、ホットコーヒーだし」 「・・・そうそう、そうなの!」 案外隆也の反応は普通だった。話のすり替えに成功してすっかり気を良くした私は、よくこんなの普通に飲めるよねー、なんて言いながらココアのストローをくわえた。さっきまであんなに嫌だったそれがとてもおいしいと思えるんだから不思議だ。 半分くらい一気に飲んだところで、私はストローを離した。そこで隆也はにやりとして、口を開いた。 「じゃ、次はそれ、俺にもちょうだい」 |