修吾が、怒っている。背中を見ただけでそれを感じ取った私は、トレーの上のアイスティーに気をつけながら、なるべく速く歩いた。今の修吾には何を言ってもダメなんだろうなと思いつつも、3つも年下のガキ大将にへこへこするのも悔しかったので、わざと明るくごめんと言って、私は修吾の前に座った。
「おっせーよ」
「講義がのびちゃって」
「・・・ふーん」
 修吾は興味が無さそうに肘をついて、そっぽを向いてしまった。なんで拗ねるかなあ。そもそもこの集まりの意味が分からない私は、仕方なしにアイスティーを啜った。
 早い時期から寮に入った子だし、幼なじみのお姉さんが恋しくなるのも分からんでもないけど、わざわざカフェにまで呼び出さなくても・・・。こういうとこには、例えば、
「彼女とかさ、いないの?」
そういう子と来ればいいと、思うのだ。お姉さんは。
 すると修吾は驚いたようにこっちを向いた。
「い、いるわけねーだろ」
「えー、修吾って見た目はイケメンなのに」
「・・・からかうなよ!・・・つーか・・・」
 そこまで言って、修吾は黙った。彼らしくもないなあ、なんて思いながら、私は足を組んだ。そのまま黙って待ってみたが、怒ったような、困ったような顔の修吾は、こっちを向いてはくれない。
「つーか、なに?」
「だから・・・その」
 修吾はついに、体ごとそっぽを向いてしまった。どうしたのよ、と聞いても、うるせーと言われるばかりだ。ホント、今日の修吾はどうしちゃったんだ。もう一度ストローに口を付けたところで、修吾が口を開くのが見えた。
「俺は、すっげー急いで来たの。織田とか畠とかに捕まりそうになったけど、どうにか逃げてさー」
「なんだ、そうだったの?無理しなくてよかったのに」
「そーじゃねーって!」
 修吾が突然こっちを向いた。あまりの剣幕に驚いて何も言えずにいると、修吾が続ける。
「そこまでしてここに来たってことが言いたいの、俺は。友達との予定より、を優先したんだって、わかんねーのかよ」
 私は引き続き驚く羽目になった。
 ただの近所の生意気なガキだと思っていた修吾が、今、私の目の前で真っ赤になって怒っている。いや、怒ってるんじゃない。これは・・・。
 その先は正直言って、今は考えられなかった。私の頭はまだ、この大幅な変化を処理できていない。私は俯いた。
「わ、わかんない」
「・・・わかってんだろ」
「わかんないよ」
!」
 ゆっくりと顔を上げてみる。真剣な修吾の瞳に吸い込まれそうで、私はまた膝頭の辺りを見つめた。
 嫌なんじゃなくて、怖かったのだ。この先に続くであろう言葉が、怖い。
「俺が年下だって理由だけで逃げんなよ。俺は、本気だ」
 ドクン、と心臓が高鳴った。顔も熱くなってきた。勿論、修吾を見ることさえ、できない。
    それが答えだ、と思わないわけにはいかなかった。








今、目の前に居る人です
知らず知らずのうちに作ってしまっていた壁が、崩れた









2009/11/10


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