総悟の、じゃあという挨拶と、ウエイトレスの声が重なった。私の前にアイスティーがあったからだろう。彼女は迷わずに、ホットコーヒーを総悟の前に置いた。 「ほらね、きちゃったじゃん」 去っていったウエイトレスの後ろ姿を見ながら言った。総悟は迷惑そうにため息をついた。 「持ってくんのが早いのが悪いんでィ」 「一般的にはそれは褒めるとこだよ」 「へえ、そうかィ」 それでも総悟は席を立った。伝票をつまんで見て、そのままテーブルに伏せて置いた。 「仕方ねえから、経費で落としてやらァ」 そう言い残して、去っていく。いつものことなので、私も生返事で済ませた。素直に奢るよって言えばいいのに。総悟の後ろ姿を見ながら、私はずるずるとアイスティーを啜った。 忙しい総悟と、暇な私。最近のデートは、専ら喫茶店だ。勿論総悟は勤務中にやってくるわけで、大抵はこんな感じで慌ただしい。私は、唇をとがらせて、ストローをくわえた。 そりゃ、ゆっくりデートしたいよ。アホの土方(と総悟が言っていた) とかいう人の監視の無いところでゆっくりさ。 無理だっていうのは分かってるから、総悟の前では絶対言わない。言わないけど、気づいてくれないかな。気づいてくれたら、惚れ直すのに。私は、総悟がデートに誘ってくれてるところを想像した。・・・アイツじゃ無理だな。期待するだけ無駄だと自嘲して、アイスティーを吸い込む。氷の溶けたそれは、薄くなっていておいしくなかった。 店内が騒がしくなってきた。壁掛け時計を見上げれば、もうお茶の時間だ。長居してしまったと、伝票を手に取る。会計は済んでいるはずだから、レジまで持っていくだけだ。毎度のことなので、店員さんも怪訝な顔はしないだろう。 腰を上げたところで、目の前のコーヒーに気づいた。そういえば口つけてないんだよな。もったいない。私はおもむろに手を伸ばした。 私は、席を立った。 日は、まだ高い。気温が高いわけではないが、今の私には鬱陶しく感じられた。どうせなら、雨でも降ればいいのに。そうしたら、物思いにだって浸れる。もしかしたら、総悟だって。 口の中が、苦い。飴を舐めてみたって、歯磨きをしたって、きっとこの苦さは消えないんだろう。私が総悟の傍にいる限り、それはずっと胸の奥に巣食ったままなんだろう。ふと思いついただけなのに、何だかリアリティがあった。かき消そうと頭を振って、空を見上げた。視界に飛び込んできた空は、青いままだった。 |