窓の外が、赤らんできている。
 ここからだと時計が遠いから、わざわざ確認はしにいかない。でも、そろそろわたしにとってのゴールデンタイムに突入するんだろうというのは、なんとなくわかった。

「……仕方ない、やるかー」

 わたしは洗剤をつかむと、はあ、と深くため息をついた。










    スポンジを持った手をごしごしと手を動かし続けて、どれくらい経っただろうか。
 こんな言い方をしておいてなんだが、まだ5分と経っていないだろう。しかし気が急いているわたしからしたら、5分ですら一大事である。むしろ、まだごしごしの段階なのに10分とか15分とか経っていたら、そのほうが致命的なので、5分くらいしか経っていないほうがありがたいです。なんか作文みたいになったが、これはわたしの心からの願いだ。
 渡る世間は鬼しかいねェチクショー。
 これの再放送を見ることが、わたしの最近の生きがいなのである。あの家族の行く先をこの目で追い続けなければならないのだ。
 一回飛ばしたりするとさ、次見たときにはなんか問題解決しちゃってたりして、家族の絆がさらに深まっちゃってたりして、結構切ないんだよね。一昨日まではわたしも家族の一員だったじゃん!みたいなさ。アレは結構切ないよ。
 ちなみに、録画は絶対しない。再放送を録画するのって、なんか違う気がするから。だって再放送ってそもそも録画とあんま変わんないでしょ?それを録画したら録画の録画で、アレ、でもドラマの撮影って大きな意味でとらえれば録画とも言えそうだし、そしたら録画の録画の録画になるから……。

「やばい、時間がない」

 一人録画論争はとりあえず置いておくことにして、わたしはいつのまにか止まっていた手をまた動かし始めた。考え事をしていると、ついそっちに集中しちゃうんだよなあ。

 急いでいる理由はもう一つある。わたしがそもそもこんな掃除をするはめになったのは、あいつがろくでもないことを言い出したからなのだ。なにが「ジャンケンで負けたほうが掃除」だよ。ついでに言うと、俺が戻るまでに終わらせておけとかそんな感じのことも言っていた。そして言葉の通り、あいつはどっかに行った。
 なんという俺様な態度!傲慢!鬼!そういう押し付け精神がひねくれっ子を生み出すんだよ!
 そう。あいつと付き合いだしてから、わたしは確実にひねくれた。
 彼氏のくせして優しい態度もとってくれないし、甘い言葉だって聞かせてくれないし。あんまりかまってくれないし。デートしてくれないし。

「ちょっと顔がいいからってさ、そういう甘えみたいなの?よくない絶対よくない」

 はじめこそわたしも「いいよいいよ(好きだから!)」みたいな、もう完全にぞっこん体勢だったわけだ。彼につくしたい!っていう健気な女の子だったわけだ。それが今ではこんな斜に構えた感じになっちゃって……ピン子にバレたら絶対怒られるよホント。いくら不満があるからってひねくれる道理はないでしょ、って言われる。

「30分くらいで戻るって言ってたよね。それまでに終わらせなきゃ」

 とはいえ、わたしは結局あいつが好きで、結局好かれたくて、だから結局言うことをきちんと聞いてしまうのだ。バカだと思うけど、惚れた弱みだ。そうするより他ない。わたしは、しつこいようだが再度、止まっていた手を動かし始めた。考え事をしていると、というくだりはさっきも思い浮かべたような気がするので、割愛する。





    スポンジで磨くのはこれぐらいでいいだろう。元々そんなに汚れていなかったけれど、磨いたら白さが増した気がする。やっぱり水周りは綺麗にしておかないとね、なんて思いながら額を拭うと、うっすらと汗をかいていた。頑張ったね、でもいくらなんでも頑張りすぎだろう、わたし、と自分で褒めつつのツッコミを入れる。あいつはきっと、そんな労いの言葉なんてかけてくれないし!

「そろそろ終わりでいいかなー」

 あとは石鹸の位置を直して、補充が必要なものはないか確認するだけだ。そんなに広い範囲の掃除をしたわけじゃないから、これくらいのチェックで大丈夫だと思うんだけど。……あ、マットの位置も直さなくっちゃ。ずれてると地味に注意されるんだよね。ホント変なこだわり。

「よーし、完了!」

 そう言って、ぴかぴかになったそれに腰かけるのと同時に、遠くからあいつの声が聞こえた。





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